閑話「ミリムの大冒険」
閑話ということで今回は少し短めになっています。
目の前がぐらりと歪んで腕に抱いたご主人さまが消えていなくなった。愛おしくてたまらないご主人さまが目の前から消えた瞬間が心に不安と恐怖が走る。
今、ご主人さまに治していただいた両腕が目の前に転がっている。いや、あれは、この光景は見たことがある。
ああ、自分は。
「痛いか?ゴミが!もっといい声で泣け!俺達を楽しませろ!お前をいくらで買ったと思っている。お前みたいなゴミを買ったんだ。金額分楽しませろ!」
自分を蹴る貴族の子供が喚き散らしている。自分にとってそんなことどうでもよかった。貴族の子供の腰沈着の子供に蹴られようが、ナイフで切りつけられようが。
自分の中に渦巻く絶望に比べたら対したことではない。自分を一人の人として接してくれたご主人さまが消えて絶望のどん底に落ちた自分は生きる気力なんてなかった。
自分を殴りつける貴族の子供はきっと自分を殺さないだろうと確信を持てる。
これは自分の記憶?でも痛いがある。ということは自分は生きているということか?
あの優しいご主人さまは言っていた。生きていることは痛いも悲しみもあると。
今の自分は痛みもご主人さまを失った悲しみがある。つまり自分は生きている。
自分が見ているこの光景は本物と言うことになる。
たださっきまでご主人さまと宿屋にいて、ご主人さまの知り合いもいた。
ご主人さまとご主人さまの知り合いが話していた。知り合いの人が何を話しているかわからなかったが、ご主人さまと揉めていると察した。
知り合いの人がご主人さまの頭に触れた瞬間ご主人さまが倒れた。なんで倒れたかはわからなくて涙がこぼれた。
前のご主人さまは自分が涙を見せると殴る蹴るが当たり前の人だった。だから自分はもう泣くことができなくなった。なのにご主人さまが倒れた瞬間何もわからなくなって涙があふれた。
今もご主人さまの顔を思い浮かべると涙が出てくる。
「おい!やっと泣いたぞ!」
「でも殺すなよ?もう少し遊べるんだからな」
自分が涙を見せると貴族の子供達が歓喜の声をあげて、自分に対しての暴行を激しくさせた。
痛みなんてどうでもよかった。
今いる場所と自分を痛みつけている相手、自分が両腕を失った現状はあの時の光景だ。それはご主人さまと出会うずっと前の光景だ。自分はご主人さまが倒れたから壊れたのか。痛みがあるが、今見ている光景はただの夢なのかは、もう何がなんだかわからなくなってきた。
頭の中はご主人さまの顔しか思い浮かばない。ご主人さまに会いたくてたまらない。ご主人さまいない今は不安感で押し潰せれそうだ。
でも今の自分を見てご主人さまはなんて思うのだろう。ご主人さまから授けられた力を使わずに力なく床に倒れている自分を見てどう思うのだろう?悲しむのだろうか?それとも失望するだろうか。自分にはわからない。自分はご主人さまのことはこれっぽっちも分からない。
ご主人さまはなんでこんな弱くて無価値な自分に力を授けてくれたかもわからない。全部わからないことだけだ。
でも今の自分にはご主人さまから授けられた力がある。ここから這い上がる力がある。
ご主人さまから授けられたこの力を今以上に使いこなせるようになったら褒められるかな?
「ご、しゅじん、さまにあ、いたい」
「ん?このゴミなんか言っているぞ?」
「どうせ、生まれてきてごめんなさいとかだろう。気にするな。今度は足を切って立てなくしてやろうぜ?」
「ご主人さまに会いたい!」
自分はご主人さまにもらった力を使って、切り落とされた両腕や痛みつけられた傷を治した。
絶望に落ちた自分は天井を破壊して絶望の底から飛んで抜け出した。
「逃げたのか?」
「ただの獣人の小娘が飛んでいった。こんな芸当ができるのか」
「何をボーとしているんだ!奴隷が逃げたぞ。すぐに追手を出して捕まえろ!」
抜け出した地獄の底は騒ぎになっているが、自分にはもう関係なくなった。
首にハメていた奴隷を象徴する首輪を外し捨てた。絶望のそこでくすぶっていた自分は希望に光り輝く星に手を伸ばすようにご主人さまと再会する。
もう弱い自分はいない。
それが今の自分の望みだ。
自分の足で立って絶望から這い上がったものの、ご主人さまの居場所が分からない。
今まで自分に語ったご主人さまの言葉を思い出してそこを目指すことに決めた。
ダーシャ王国?ハハン帝国?ご主人さまが口にした場所を思い返してもどこにあるのか分からない。とりあえず、まずルルーンの街へ向かうことにした。ご主人さまが最初に着いた街と言っていた。その街もどこにあるかわからないけど人に聞けば誰かが教えてくれる。ご主人さまが言っていたこと、わからないことがあれば親切な人が教えてくれると。ただ、知らない人についていくなとも教えられた。
だから街がどこにあるかわからないから聞く。言われた通り親切な人が教えてくれるから。
でもご主人さまがいなかったらどうしよう。いや、弱い自分は捨てたばかりだ。
たとえルルーンの街にご主人さまがいなくてもご主人さまの知り合いがいる。
その人からご主人さまがどこに行ったか聞けばいい。ご主人さまの知り合いだ。きっと優しい人だ。教えてくれる。
今日はもう遅い。
空を見上げると空は暗くなっていた。
暗い空はとても寒かった。
絶望だった館の回りの街の路地裏に下りた。
どこかで休める場所はどこだろう?
今はお金がないから宿に泊まれないからそこら辺の道端で眠ろう。毎晩冷たくて固い檻の中で寝ていたからきっと眠むれる。
道端で寝る前に着る物が欲しい。
お金が必要なのに自分は一銭も持っていない。四日間はこの街で治癒屋でお金を得よう。
絶望のそこで布切れのような服を無理矢理に剝がされたから今は何も着ていない。
ご主人さまが言っていた。「ミリムは女の子なんだから服を着た方がいいよ。着たい服があれば言って買ってあげるから」と。
裸でいることは慣れてしまったが、裸でいることは恥ずかしいことだと教えられた。ご主人さまと再会した時に自分が裸でいると悲しみだろう。
しかし、お金が無い。服を買うことができない。
「そこの君何している?」
路地裏で服をどうやって手に入れるか考えているとご主人さまと同じくらいの男の子が話かけてくれた。
「見ない顔だね。あれ裸?ああ、悪い冒険者に服を剥がされたのね?酷いことをするよね」
男の子は何かを察したように優しく接してくれた。
「おいで。僕も孤児だけど、今日いい商人からお恵みをもらったんだ。そのお金でご飯を買えたし、服もお古もあるよ。君と同じな子が僕以外にもいるからさ」
自分は男の子の親切さに甘えてついていくことにした。
男の子についてきて到着した場所はいわゆる貧民街の一角にある今にも崩れそうな小屋だった。
「狭いけど我慢して、みんなただいま。新しい子も来たよー」
男の子は我が家のように小屋に入っていった。おんぼろ小屋が彼の家らしく自分もそれに続く。
中には男の子と女の子合わせて四人が身を寄せ合ってパンを食べてきた。
四人の中で自分より幼い子までいる。
「新しい子ってまた連れてきたのかよ。最近残飯をもらうのに苦労するってのに」
「今度の子は獣人の女の子ね。なんで裸なの?」
四人の内二人の男の子女の子が自分に反応する。
「まあまあ、困っていたから、そのままにしてあげられないよ。はい、これ、前までいた子のお古だけど着て、あとお腹空いている?」
「ありがとう。ご飯はいらない」
男の子から服を渡されてそれを着る。パンを渡されそうになったので断った。
服までもらったのに彼らの貴重な食料を食べるわけにはいかない。
お腹が空いているが、まだ我慢できる。
明日から治癒屋として仕事をしていくから、それで得たお金で食べ物を買うから大丈夫。そうだ!稼いだお金は服のお礼として少しあげよう。
ここで寝させてもらうわけだしね。
自分をここに連れてきた男の子がここのリーダーなのだろう。
「私は寝るわね。明日早く出ていくから」
ここに住む孤児たちに断って自分は部屋の隅で横になった。
孤児たちは眠ろうとしている自分には気にせず微かな食事を楽しんでいた。ただ自分を連れてきた男の子は心配そうに横たわる自分を見ていた。
そんなのを気にせずに目を瞑った。
寝ると言ったものを今は眠くわない。
そういえば自分はこの街に関して何も知らないな。ご主人さまに新しい場所は探索が必要だと力説されたからご主人さまから頂いた力の一つ、視界を飛ばした。
明日、仕事を行う上で場所選びは重要なこと。治癒屋として活動するならやっぱり冒険者ギルドが良いだろう。大人の人は魔物と戦って怪我をすることがあるから治癒屋として最適な職場だ。
冒険者ギルドはどこだろうと視界で探して街の中を見回る。
自分がいるここの近くのわけではないだろう。もっと賑やかな場所のはずだと思うのだけど今は夜になり街の中は静かだ。夜の街にも歩いている人がいるけどどの人も怖そうで悪そうな人ばかりだ。
もっと街の中心に行けば見つかるのかな?
と思って街の中央に行ったら自分がさっき抜け出した絶望の底だった。
絶望の底は今や大騒ぎだ。「あの獣人を探し出せ!」とか「生きて連れ戻せ!」とか自分を散々痛みつけていた貴族の子供が騎士達に怒号をぶつけて屋敷から解き放った。
騎士達のほとんどは自分が飛び立つ姿を目撃していたらしく、馬に乗り街の外へ駆け出していった。
なんで街の外に行ったのかはわからないけど自分を絶望の底へ連れ戻す気らしい。
結局のところ冒険者ギルドは見つからなかった。ただ、宿屋らしき建物を何軒か発見できた。
仕事でお金を得たら、そこに泊まるつもりだ。
冒険者ギルドは明日、街の人に聞くから諦めた。
この小屋に入って数十分が経過しており、気になることが一つ見つけた。
小屋の住民の子達の5人内2人がどうも病気みたいでさっきからケホケホと咳が出ている。
気になったのが運の尽きか。さらに眠れなくなった。ここに泊めてもらうお礼がてら治すことにした。
「病気?」
「え?」
自分が突如むくりと起き上がると咳をしていた子、ここに来て反応した女の子に詰め寄った。
視界でその子の喉と肺を見ると少し腫れているようだ。
「触るよ」
自分はそう言い放って、返答を待たずにその子の喉に触れた。ご主人さまから頂いた力を使って治した。
治すのに一分ぐらいかかった。どうしてもご主人さまみたいに触ってすぐに治せるようになりたい。
自分が喉に触れている間、女の子は戸惑いを見せていた。
「次はそっちの子」
「まて!今何をした!」
女の子の咳の原因を治して次の子に手を伸ばそうとしたら、自分に反応した男の子が自分の手を掴んだ。
「病気を治した」
と短く説明した。
「本当だ。喉も胸の痛みもなくなっている」
「治癒屋。ここに泊めてもらっているからそのお礼。次はそっちの子」
「治癒屋?なんだそれは?」
男の子は困惑しながらも手を放してくれた。
次の子の身体を視界で見る。次の子は男の子。五人の中で一番幼い子だ。自分よりも幼い。
その子も喉と肺が腫れている。さっきの子と同じ病気だった。病気がうつったのだろうけどこっちの子がもっとも酷い。
喉の腫れから血が出ている。
この子達は孤児でお金がないから病気がここまで進行するまで放置していたのだろう。
自分にかかればこの病気はすぐに治る。
次の子も治って咳が出なくなった。
「終わり。もう咳は出ないよ」
「お、おねえちゃんありがとう」
自分はその子のお礼を無視して部屋の隅に戻って横になる。
これで静かに眠れると思っていたが、子供達がざわざわとしている。
「ねえ?君ってもしかして不老族なのかい?」
自分の手を掴んできた男の子がそんなことを聞いてきた。
不老族というのはご主人さまのことを言う。自分は不老族ではない。自分はただの獣人。それ以上の存在になれない価値のない獣人。
「私はただの獣人。でもご主人さまが自分のことを不老族と言っていた」
自分は孤児達にご主人さまとの思い出を語った。
ご主人さまとの出会いを語り、ご主人さまとの時間を説明して、ご主人さまが自分に何を与えてくれたのかを話した。
日が昇るまで話した。
「君のご主人さまがその力を与えてくれたんだね」
「そう。自分はご主人さまの奴隷で誇らしい」
自分が去ったこの街で力を与える不老族の少年の噂が地面に水が流れるが如く広がった。時間が経てば経つほど隣の街、国中に、隣国までにも噂が広がった。
そして王族貴族から裏社会ボスまで他者に力を与える不老族の少年を求めた。生きて連れてきた者は一生遊んで暮らせる報酬を餌に。
少女がタカシと再びこの街に訪れた時に重大なトラブルに巻き込まれるのは避けられないのだった。
「服と泊めてくれてありがとう」
「ううん。こっちがお礼を言いたい方だよ。仲間の病気を治してくれてありがとう。君が良ければ今日もここで泊まっていいんだよ」
一睡もしないで朝を迎えた。
自分の話に付き合ってくれた子達はとても眠そうだ。
自分は小屋から出て仕事場となる冒険者ギルドへ向かった。
この閑話の続きを書こうと考えています。
次ではなく。その内。