初めての病人の治療
寒いよー。
「ここのお店美味しかったな。また来ような」
「はい」
俺達は料理を食べ終わり、俺達を探していると思われる貴族は護衛を残してどこかに行ってしまった。貴族の護衛を無視して店から出ようとしているが、護衛は出入り口に立っている上に裏口に二人、鎧を着た人がいる。おそらく関係者だろう。しかし、護衛達は入口で待っているだけだ。俺達が食べ終わるのを待っているのか?
いや、貴族は治癒屋を探しているようだから俺達のような子供のなんちゃって治癒屋なんか及びではないはず、店に本物の凄腕治癒屋がいるのだろう。きっとそうに決まっている。
ミリムはどうしても貴族の護衛が気になるようでチラチラ見ている。気づかれるからやめようか。
他の客も俺達をジッと見ているが俺達のことを貴族に言うつもりはないようだ。自分から面倒ごとに向かっていくバカはいないのだろう。
言わないのなら俺達をこっそり見るのはやめてもらいたい。視線がが痛いほど感じるだけど。
「おい、そこの子供。食事は終わったか?終わっているなら付き合ってもらうぞ。手荒な真似はしないからそう、構えるな」
とうとう護衛の一人に気づかれたようだ。と思ったら俺の左右に貴族の護衛が立っていて馬車にミリムと一緒に放り込まれた。
俺達は有無を言う前に馬車は貴族の屋敷に向かっている。
俺が本気になればこんな奴らどうにでもできたが、なんとかしろっといっているような他の客の視線が痛かったし、また別な馬車で俺達を探されては困る。
無視して出ていこうとした過去は置いといて、面倒ごとは今の内に片づけておこう。休日と決めた明日に出直されても迷惑だしな。
馬車の中には俺に話しかけた護衛の人と同じ鎧を着た若い男が二人乗っている。裏口にいた人達や他の鎧を着た人は徒歩で歩いている。あ、どっか行った。仕事が終わったから帰ったのだろう。
馬車に乗っている二人は黙っているから馬車の空気が重い。空気が悪いから何か話題で上げて狙いを聞きだそう。それか目的地に着くまで話しだけでも聞いておこう。答えなかったら即座に逃げよう。
「で?俺達を探していたようだけど何か用なのか?」
「そうだな。いきなりのことだったから困惑しているだろう。最初に無理に連れてきて済まない。さっきも言ったがお前達に手荒な真似するつもりもない。お嬢様治してほしい」
俺達が置かれている説明を求めたが謝られた。それは現在進行形で強引に連れていかれているのだから謝罪されるのは普通だろう。お嬢様を治してほしいとこれだけの説明は少なすぎるのではないか。
自己紹介とかはないのだろうか。向こうは俺達の噂を聞いて探しに来たから当然俺達のことを知っているわけだが、俺達からしたらどこぞの誰かも知らん奴に馬車に押し込められて、知らん場所に向かている状況だ。
俺がここにいる全員殺しても文句は言えないだろう。
ミリムの手前で人を殺すつもりはないが、ちゃんと説明してほしい。
「団長、そんな説明じゃ何も伝わりませんよ。彼はうち等がどこのだれでなんの目的でどこに向かっているのか聞いているんですよ。すまない。うちの団長は先走り癖があるもんだからこういう人だなって思ってくださると助かります」
「何?俺の説明に文句があるなら後はお前がしろ」
「ええ、そうさせてもらいますよ。お互い自己紹介がまだでしたね。私はオルステッド伯爵の近衛騎士団の副団長マルコと言います。こっちの堅物が団長のガワです」
「どうも、こっちが相棒のミリム。俺はふろ、冒険者のタカシだ。よろしく」
ようやく自己紹介する流れになった。俺は口が滑って不老族と言いそうになった。向こうは気にした様子はないが冒険者と名乗ったら驚かれた。
俺は冒険者の証も持っているし、狩った魔物の素材で稼いでいるから職業は冒険者で間違いない。ただこの街でなんちゃって治癒屋をしていただけだ。
今日まで傷を治した人に対して治癒屋と名乗ったことは無い。向こうが勘違いしていただけだ。
「冒険者?治癒屋ではなく?そこは置いときましょう。で、ここからが本題でして」
困惑顔で副団長が続ける。
「私達はオルステッド伯爵の命を受けてあなたを探していました。要件というのはオルステッド伯爵のご令嬢の病を治していただきたいのです。治療の成功の際の報酬は望むだけ払うと伯爵から承っています」
なるほど。要するに貴族の子供が病気だから治療をしてほしいってこと。金には困っていないんだけどな。この一週間で荒稼ぎしたおかげでそれなりに持っている。その金は商業ギルドで金貨に両替して預けてある。
てか、この世界に銀行の概念があったとはびっくりした。大金家に置いとく人はいないか。それよりこんな治安の悪い街にもあるなんてな。
それとこの二人には気になることができた。聞いてみよう。
「なあ、さっきの店なんだけど俺達は金払っていないんだけど」
「ああ、それなら伯爵の側近が店主に事情を話して、騒がせた分も含めて支払っているから気にするな。店主がお前達が来てくれて感謝していたぞ。聞いた話だとゴロツキ共が店に来なくなって助かっているってな」
それって店側にとって不利益になっているじゃないのか?客が減っている時点で。ただこの治安の悪い環境だと食い逃げが頻繁に横行しているのか?
なぜに喜ばれるかは置いといてゴロツキ達は俺がいると来なくなるかは解せないな。心当たりは十分あるけど、ゴロツキ達の間で俺に関わると拷問を受けるとでも噂になっているのだろうか。
うーん。俺やり過ぎた?ミリムを誘拐しようとした奴らを切り刻んだのはいいとして絡んできた奴らも同じ目にするのはやり過ぎたかな?
でもこの二日間は柄の悪い輩を寄ってこなくなって喜んでいたが、また変な二つ名が付いたり、噂に尾びれがつくのは嫌だな。
もしかしたら噂に尾びれが付いたからゴロツキが寄り付かなくなったのかもな。
副団長から説明を聞いている内にオルステッド伯爵の屋敷に到着した。副団長に案内されるままとある一室に案内された。
そこには俺より少し年上の少女が咳き込みながらベッドの上で寝ていた。この子が治してもらいたい患者のようだ。
来る途中に話は聞いた。何人もの医者や治癒屋に見せたが全員匙を投げた患者だそうだ。何人も匙を投げたから具合を見て無理そうなら無理と言ってもいいと言われた。
そういうことなら最初から無理と言いたかったが、困っている人を見捨てるのが嫌なのかそれとも助けてあげたいと思っているのか、ミリムが助けてあげてと視線で訴えてくる。ミリムの優しさに免じてここまで来たのだから何もやらずに帰るわけにはいかない。
ミリに似ているなと思いながらここまで来る途中ずっとミリムの頭を撫でていた。
これも能力で病気を治すことはミリムの手本につながるな。
「早速みて見るとするよ。普通の医者とかと違うことをするけどとめないでほしい。それも治すのに必要なことだから」
と副団長と団長に断りを入れて置く。
とりあえず、病気を治すのは初めてだから視界で体の中を見ても分からないから彼女の体液を摂取して体の状況を見よう。
「それじゃ失礼するよ」
彼女の口に指を入れて、唾液が付けた指を自分の口に入れる。
彼女の身体の状況が手に取るようにわかる。
症状は高熱があり、肺と喉がかなり腫れているな。それの原因がすぐにわかった。ウイルスや細菌の感染症に感染していないが、寄生虫に寄生されていた。寄生虫も感染症みたいなものか。
「肺と喉が酷くやられているね。これ全部虫にやられたのか。気持ち悪い見た目だな。こんなものどこで拾ってきたのだろう」
寄生虫は呼吸器官の粘膜に張り付いて寄生するタイプのようで見た目が糸ミミズのように細くて気持ち悪い。それに寄生虫から毒物が出ている。咳き込むのは呼吸器官に異物があるから体がそれを吐き出そうとして席をするが、高熱の原因は寄生虫の毒のようだ。
寄生虫に感染した病気なら医者や治癒屋が匙を投げるのも分かる気がする。このファンタジーな世界は怪我とか治癒魔法で治療しているから医療技術が発展していないだろうし、腸に寄生する寄生虫と違って薬とかで腹をくだして虫を出せるわけじゃないからほぼ不可能ってレベルで治療が凄く難しいと思う。身体の中身を見ることができないはずだから。
インフルエンザみたいなウイルスに感染した病気じゃなくてよかった。寄生虫なら虫を取り除くだけで済みそうだ。ただ虫を取り除いただけじゃだめかもしれない。ミクロレベルの卵とか産み付けられているかもしれないから様子見として経過観察が必要なってくるか。
さてと原因が分かったことだし、治療を始めますか。治療と言っても念力で喉や肺に張り付いている虫を念力で剥していくだけだけどね。
「口を開けてね」
寄生虫を一匹ずつ粘膜から引きはがして口の外へ出していく。出した寄生虫は素手で触りたくないからベッドのそばにあったティーカップに入れて置く。
他人の唾液が付いた寄生虫なんて汚くて触りたくない。
そして全部取りだした。
最初はどうなると思っていたが、案外できるのものだ。寄生虫以外に食道付近に細かいぷつぷつがあった。あれはきっと寄生虫の卵だったと思う。
食堂の粘膜の中にあったから取り出すのに苦労した。食道の一部ごと念力でむしり取るしかなった。むしり取った後に治した。腫れた喉も治療したし、終わった。
「ふー。終わりっと」
治療に経かった時間は10分ぐらいかな。我ながら集中した作業だったが、速すぎたかな。あとはお金をもらって帰るだけだ。
「もう終わったのかい?来て間もないじゃないか?お嬢様は大丈夫なのか?」
「やれるだけのことはやった。咳と高熱の原因は喉に虫が寄生していたからだ。見える範囲にいた虫は全部取った。時期に熱が下がって元気になるだろうが、見える範囲の虫を取ったとは言っても虫の卵がまだ残っているかもしれないから経過観察が必要だから彼女は数か月ほど安静しといた方がいいぞ」
「お嬢様の治療は終わったんだな。お前はいや、あなたは一体何者なんだ」
「ただの冒険者だ。まあ、ピイール王国の一部の領地で英雄みたいな感じで空の魔剣師そして有名だったけどな。ハハン帝国ではお尋ね者に成り下がっちまった」
英雄でいうのは自画自賛過ぎたか?ピイール王国でだいぶ名前を売ったから有名になっていると思う。ただ、ハハン帝国で王族貴族を虐殺しまくったから両国共にそっちの方で有名になっているかもな。
ハハン帝国でお尋ね者になっているだろうからからそういったことを言うのをやめておいた方がよかったのか?支配階級を皆殺ししたから国として機能していない可能性もある。一国を一日で壊滅させた男が街にいるって知られたら街から追い出されるかもな。
この街は空気の野郎がいるから関わるのを避けて街から出たい。だいぶ稼いだし、当分の暮らしは大丈夫かな。
でも空気の野郎のせいでサイボーグ少女達から逃げた感じになったから見つかるまでここで待機したい。
スフィアはまだ生きている。身体の状態も良好だ。人質として確保しているからな。
「ピイール王国とハハン帝国は大陸の反対側の国だ。お尋ね者になったあなたはここまで逃げてきたのですか?」
「何をやったかは深く聞くな。もしかしたらその内耳に入るかもな。この話は他言無用でよろしく」
ハハン帝国で虐殺した噂を聞いたら俺が不老族とバレちゃうな。でもここでもいろいろやっちゃっているからバレてもいいか。
「キャーーーー!」
屋敷内に女性の悲鳴が響き渡った。悲鳴の発生源に向けて視界を飛ばした。
視界で見た景色は尻もちをついた女性と血まみれのおっさんが倒れていた。それとその場から立ち去る影も。
状況から見ておっさんは立ち去る影に襲われたようで、偶然襲われている時に尻もちをついた女性が目撃したのだろう。
変な事件に遭遇してしまったようで自分は殺人現場にたまたま居合わせた漫画や小説の名探偵になった気分だよ。
この場にいる団長や副団長は「今の不明は何だ」とお決まりなセリフを吐いている。いやー本当に探偵になった気分だよ。このままなんちゃって探偵を演じるのもなんか面白そうだな。
まあ、このままだと尻もちついた女性が犯人になって無実の罪で罰せられるのはあまりにもかわいそうだから立ち去った影を捕まえて置いた。今は屋敷の上空で押さえている。状況を様子見て、タイミングを見計らって現場に投入しよう。
血まみれのおっさんは何とか生きているようだ。おっさんは頭と腹から血が出ていてこのまま放置されたら遅かれ死ぬだろう。俺が居合わせなかったら確実に死んでいた。血まみれのおっさんは運がいいな。
しかも尻もちをついた女性は旦那さまーって叫んでいることからこの屋敷の主と見た。俺の知っちゃこったないが、このまま死なれて金が払われないのは俺としては嫌だ。
「俺は様子を見てくる。お前は治癒屋の二人と一緒にいろ」
「わかりました」
「俺達も行く。悲鳴の先に怪我人がいるかもしれない。四人で固まっている方が何かしらと安全だと思う」
団長は副団長に俺達といろと指示を出して様子を見に行こうとしたが俺が呼び止めて、俺達も同行するように提案した。
「わかった。許可しよう。ただしお前だけだ」
俺と団長の二人でおっさんが倒れている部屋に急いで向かう。おっさんが倒れているのは団長には言っていない。言った場合俺も犯人扱いされる恐れがあるからな。
ミリムと副団長はお嬢様の部屋に残った。お嬢様に何かあったためとして副団長を護衛として残したようだ。ミリムは怪我したとき用に残された。
ミリムのことはパスに見てもらっている。ミリムに何かあればパスが知らせてくれる手はずになっている。
俺達が部屋に到着したときには俺達と同じように悲鳴を聞いて駆けつけたと思われるメイドや執事みたいな人が何人かいた。
「これは何の騒ぎだ!説明してくれ」
「ああ、近衛騎士団長。私共も今来たばかりなので状況がさっぱりで、部屋に着いた時には旦那様が倒れていて、アヤが」
「旦那様が倒れているだと、お前達そこをどけ。俺達を通してくれ、丁度お嬢様の治療の為に街で噂の凄腕の治癒屋が来ているんだ。旦那様のことを見てもらう」
団長の声で部屋に通された俺は改めておっさんを見る。
視界で頭の中を覗いて見ると脳付近に血が溜まっていた。頭を強くぶつけた影響で内出血を起こして血が溜まったのだろう。先に刃物で刺された腹を治療してと、ここまでのことはいい。あとは頭を治すのだけだが。
こうなると頭をかち割って血を取り除くしかできないが、それをやると患者が死ぬかもしれないな。内出血だけを治しただけだと障害が残るかもしれない。
ただ、このまま時間だけが過ぎているだけでその内死ぬから選択肢は頭をかち割って血を抜くしかない。
しかし、後ろに控えている大勢の使用人の前でその主人の頭をかち割るのはちょっとな。
いい手はないものか。