ファンタジーショートショート:異世界召喚は甘くない
「はぁ・・・」
ある部屋に男のため息が漏れた。その部屋には漫画やライトノベルが高く積まれ足の踏み場もないほどであった。
「こんなつまらない人生なんて嫌だ。異世界なんてものがあるなら行ってみたいよな。まったく・・・」
部屋に籠りきりでただ漫画と小説を読み漁るだけの日々。これでは間違っていると思いながらも男は、同じ日々を繰り返しているのであった。
そんな時、男の部屋の前に青白く光る円がいきなり現れた。
「何だ!?」
男は自分の寝ていたベットから起き上がると、その円を眺めてみた。
「これは穴なのか?もしかしてここから異世界へ⁉」
と思っていると穴が小さくなり始めた。
「待て!待ってくれ!」
慌てて男は、取るものも取らず穴に飛び込んだ。
男が気が付くと周りを巨大な木に囲まれた森の中に1人立っていた。
「こ、ここが異世界なのか?ここから俺はどうすれば・・・?」
そんな事を呟いていると遠くで悲鳴が聞こえた。
「なんだ?しかも日本語に聞こえる・・・?」
男はその声のする方へ恐る恐る近づいてみることにした。
悲鳴は近くなってきた。男は恐る恐る忍び足で近寄ると木の陰から覗いてみることにした。
「やめろぉ!やめてくれ!」
そこには血まみれでのたうち回る男とそれを笑いながら剣や、槌で小突く緑色した小人のような者が居た。
「ひぃ・・・あれはまさかゴブリン・・・?」
悲鳴を上げそうになるのを抑えながら自分の持っているファンタジーの知識の中でそれを引っ張り出した。
「冗談じゃない。あんな武器を持ったやつに敵うわけがない。逃げるしか!」
などとやっている間にゴブリンが男の存在に気が付いたのか訳のか分からない言葉を発しながら近づいてきた。
「ひぃ!」
男は懸命に走った。走って走って走りながらも様々なことを試した。
「もう帰れないのか⁉と言うかここまで来て何もないのか!ステータスとか!アイテムボックスとか!武器も魔法も何もないのか!」
念じてみたり、叫んでみたりしても何も起こらない。そして走りながら男の目には地獄絵図は映っていた。
訳の分からない巨大に生き物に潰されたような死体。先ほどのゴブリンに喰われている死体。食人植物だろうか木には様々な死体がぶら下がっていた。まだ生身だったり腐っていたり、骨になっていたりとどこをどう走っても死体の山であった。男は涙や涎、尿など様々なものをまき散らしながらそれでも走り続けた。
「も、もう走れない・・・」
そんなへたり込む男の前に突然元の世界でもお目にかかったことがないほどの美女が現れた。
「大丈夫ですか?」
その気づかわし気な優しい声色に男は泣き崩れた。
「何なんだこの世界は!こんなはずじゃなかった!元の世界へ戻してくれ!」
そんな泣きわめく男を抱き留め優しく頭を撫でた。
「大丈夫・・・大丈夫・・・」
それに落ち着いたのか男がそのまま眠ってしまった。
「・・・いただきいます」
眠りついた男を確認するや美女の顔がみるみる変化していき、蝶のような長い口を持ったバケモノになった。その口を頭に突き刺すと、じゅるじゅるとその中身を吸い出し始めた。男は一度びくんと跳ねるともう動かなくなってしまった。
「今年は、これで終了かね?」
そんな様子を王城の一角で遠くのものを映し出す鏡を見ながら王様らしき男が、これまた魔法使いのような恰好の男に確認した。
「はい。今年の魔王軍への生贄はこれで全て喰い尽くされました。また来年生贄を連れてきませんとね。」
この国では、魔王に滅ぼされる代わりに生贄を要求されつづけていたのだ。国を滅ぼされたくないが、生贄を出すのも惜しい。そう考えて編み出されたのが『異世界召喚』だったのだ。
「しかし王様?この召喚はランダムです。もしもこの生贄の中から魔物に喰われず戦えるような人間が現れたらどうしますか?」
魔法使いの問いに王はにやりと笑うと
「その時は、勇者だと祭り上げてやるさ。勿論あの地獄から生き残れたらの話だがな・・・」
勇者は、現れない。