ガール・ミーツ・ユーレイ
「破壊の魔女だ」
その呼び方はやめてくれないかな
敵国の兵士である若そうな男が叫ぶ
その呼称を聞くたびに悲しくなるのだ
「退却だ!」
今度別に兵士が叫ぶ。私は経験から少し偉い人なのだろうと予想する
兵士たちは明らかに私を見たから逃げていく。もう戦意はないのだ。けれど私は追撃しなければならない
あー、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ
私の武器から逃れてほしい。破壊の咆哮から一人でもいいから助かってほしい
そう願いながら引き金を引く
その瞬間、とうの昔に聞き慣れてしまった破壊の音と同時に目の前が真っ白になる
嗚呼、だよね
残ったのはドロドロと、紅く光る、溶けた地面だけだった
俺は今、猛烈に恥ずかしい
なにせ40過ぎた自分が、美少女にデレデレしているのを客観的に見ているのだから
なにやってんの43歳!いくら独身だからってお前。相手は17歳だぞ!
目の前の俺、つまりはルービッヒ=バロンは今、17歳の少女に自信作である魔核兵器という剣のかたちに似せた魔道具を渡して、その使用を説明しているところなのだが、どうにも下心丸出しである
武器の説明するのに女の子の手を触る必要あった?しかもかなり嫌がられてるよ?
この俺、ルービッヒ=バロンは目の前のルービッヒを見てため息をついてしまう
なぜこうなってしまったのやら。かれこれ25年間ずっと見守ってきてあげたのにどこかで道を踏み外したようだ。しかも今日でお別れなのだからもう少しピシッとした姿を見たかった
「私の自信作だ。分からないことがあったら何でも聞いてくれたまえ」
俺はもうお前が分からないよ
43歳のルービッヒ=バロンをこんなのにしてくれた美少女は頷いただけで無言
グハァァァ!言葉もあげる価値無いってことですか?気持ち悪いですしね
「では、またいつか」
ルービッヒは去ってしまった。この俺を残して
嗚呼、なんという別れ方だ。まあ、あいつにこの俺の姿は見えてないのだから仕方がない。そしてもちろんこの少女にも俺は見えない
少女がこちらに向かってくる。でも俺は道を開けてやる必要もない。なにせ俺には実体が無いのだから
なら俺はなんなのか。一番近いのは幽霊、一番適切なのは人造人間だな。さっきのルービッヒはあれでも天才と言われていて、自分と同じ身体と記憶を持っている物の作る方法を思い付いたので早速作ろうとしたんだ。でも失敗した。それも中途半端に。でもって俺が出来たってわけ。一様、物質はないけど魔力で形を形成してるから幽霊モドキにはなったし、記憶機能とか思考機能とかは魔石っていう魔核兵器の中心部にあるパーツにやってもらってるから自我もある。辛いことは発声ができないのと、触れないこと、認識されないこと、そして魔石から離れられないことくらいだ。
「......」
少女が俺の前で足を止める
どうしたんだ?
「あの......あなた......は?」
ふぁ!?......ばっか、後ろに誰かいるんだよ
何故かドキドキしながら後ろを見てみたが
いない。いやいや、きっと発声練習だから!
さらにドキドキしていると
「なんか......半透明......です......けど」
こ、これは! 見えてるぅぅぅぅぅぅぅ!?
俺はすかさずプチパニック。
今までこの俺を捉えたものは誰一人としていなかったというのに!そなた、名はなんと申す?
「もしかして......ユーレイさん......ですか?」
あれ?スルー?いや、聞こえてないのか
俺はこの少女との意思疏通にはジェスチャーしかないと判断し、頷いておく
「......」
とたんに少女の端整な顔立ちが恐怖の色へと変わっ
待って待って待ってぇぇ!怖くない。俺怖くないから!
という思いをジェスチャーにのせる
「......」
どうやら少女は理解してくれたらしく、「分かった」みたいなジェスチャーをしてくれた
いや、お前もジェスチャーするんかい。しゃべっていいんだよ?とジェスチャー
「......分かりました」
とりあえず自己紹介をしよう
なにせ友達になってくれるかもしれないのだから
やはり会話とは素晴らしいものであると思う
ルービッヒが俺を作ったのは18の時だから25年ぶりの会話ということになる。しかもいつもは盗み聞きしか出来なかったが今回は当人の了解を得て少女のことを知れた。
今日はいいことしたぜ
俺は会話という名の輝きに盲目になっていて上機嫌だが、少女の自己紹介はなかなかのブラックホールで、少女の周りは心なしか暗い。
彼女の言葉を思い出してみる
「名前は......ソフィア=シュレドルク......17歳です」
いい名前だ
「趣味は......読書です」
俺も大好きだ!アイツの家には本しか無かったからな
「苦手なことは......人と話すこと......です」
だろうな
「15才の時から......戦争に参加......してます」
ふぁ!?
「最近までは......旧式の魔核兵器を......使ってました」
え、マジで?お前がこの武器使うの?
「今回......ルービッヒさんに新しいのを作ってもらいまして」
俺は魔石の聖霊(幽霊モドキ)なので俺の入った魔核兵器がどのように扱われるのかは知らない。しかしこの兵器の構造は製作者以上に理解しているからこそ、少女に持たせるなんてのはナンセンスの極みだと分かる。
結局俺の持っていた輝きたちも吸い込まれて暗くなる。
「あの......ユーレイさん」
俺はジェスチャーで自己紹介をしたんだぜ?さすがに伝えられないでしょ、名前は
「ありがとうございました。誰かとしっかり話したの......久しぶりです」
あは、話してないよ?
「ユーレイさんはきっと私が殺した人の幽霊だから......その」
唐突にあるはずのない胸に痛みが走った
「嫌だったかもですけど......申し訳なさも......有るんですけど......少し気持ちが楽になりました。」
......。明らかに無理矢理戦争に参加させられている。そしてあの兵器を使っているなら殺した人間の数は......。たった17歳の少女に背負わせて良い物ではない。
「だから......ありがとう」
ソフィアに俺を渡したルービッヒをぶん殴ってやりたいと思った。
どうやらここは戦場であったらしい。しかしソフィアが敵軍を蹴散らしたことで一時的な拠点としているようだ。
普通の人から見ればソフィアは専用のテントで一人たたずんでいるだけだが、実は隣には俺がいる
「ユーレイさんは、この戦争のこと、どう、思ってる?」
ジェスチャーで答えにくい質問を
けれど言葉から、徐々に俺に対する警戒心を解いてくれているようなので答えてあげたい
言葉で言えば俺達水の国と、隣国の風の国での争いだ。確か、風の国の景気が落ちたことで生まれた住民の不満の矛先を風の王族が水の国に向けさせたのだ。これで勝てば王族も風の国も安泰と言えるだろう。
どう思ってるかと聞かれれば王族に腹が立つ、くらいのもんだ。とジェスチャー
「私は、水の国も、悪いと、思ってる」
でも俺達は戦争を吹っ掛けられたんだぜ?
「被害を考えれば、戦争するべきではないし、お互いに助け合うことだって、出来たはず。それをしないで真っ向勝負に出たのは、水の国も風の国から奪いたいものがあるってこと」
成る程。戦争に応じた時点で、お偉いさんが悪巧みしてるのは間違いないわけだ
突然テント越しに味方の兵士の声が聞こえた
「おい、そこは破壊の魔女のテントだ!」
テントを間違えてしまったのだろう
でも破壊の魔女ってのはひどくない?
まだ17歳の可愛い女の子にそんな呼び方って
恐らくソフィアは味方からも恐れられているのだろう。使用しているのが魔核兵器なのだから分からなくはないが
この扱いはあんまりだ!
43歳のルービッヒがましに思えて少し戦慄した
「ユーレイさんも、私が怖かったりする?」
やつれた笑顔だった
何だろう?何故か腹が立った。何かを壊したくなった
とりあえず「全く!」という気持ちを込めたジェスチャー
「ふふ、ありがとう」
消えそうな笑顔
......。うぉぉ。ときめいてしまった。やはりあの43歳と俺は同じなのかもしれない
「恨んでるよね」
俺はもちろんそんなこと思わない
「憎んでるよね」
だけど
「でも、私だってこんなこと、したくなかった」
彼女に殺された人々からすれば
「仕方がなかったの。言い訳だってわかってるでも、私」
ソフィアの言葉が涙色に変わる
またルービッヒを殴りたくなった
俺に目と耳の機能を搭載するなら口もつけろ!そうすれば
......そうすれば、何を言えたというのか
結局俺には彼女を救える言葉なんて持ってないんだ
何とも言えない空気の中、いかにも偉そうな男が入ってきた
「エリク......さん」
「ソフィア=シュレドルク。今しがた探索中の兵が風の潜伏先を突き止めたとの連絡が入った」
ソフィアの顔がいよいよ暗くなる。目の前の男が次に何というのか分かっているからだ
「君には今すぐ」
「分かっています」
「健闘を祈る」
俺は薄っぺらい言葉だと思った
どうやらここは妖精でも出るんじゃないかと思えるほどに深い森林となっているらしい
何が出てもおかしくないと思うのが無難だ
にもかかわらずソフィアは地図と魔核兵器だけを持って出発しようとした
待て待て、いくら何でも軽装過ぎる!とジェスチャー
魔道具の中には方向感覚を狂わせるなどの精神干渉系はよくあると聞く。こんな森の中でこの手の魔道具にやられたらまず助からない
しかも数人で行くのかと思えば、たった一人で行こうとしていた。集団行動が基本の戦場においてありえない行為だ
「いいの」
言い分けないだろう!?
「いつものことだから」
いつも......いつもこんなことをしていたのか?
信じられなかった。こんなことを続けていればすぐ死ぬだろう。もし彼女が15歳からこんなことをしていたならば2年間だ。
そして彼女がこのやり方を2年間変わらなかったことに、どうしようもないほどの孤独さを感じた
結局ソフィアは一人そのまま出発してしまった。魔核兵器の形状は本来ならば剣に似せた形なのだが、持ち運びに難がないようにトートバッグのような形に変形している。それが彼女を戦闘のイメージからさらに遠ざける
歩きながらソフィアはぽつりと言った
「最低だよね、私。あなたをそんな姿にしたにも飽き足らず、さらに多くの人を......殺すんだから。ほんと、最っ低」
それからはずっと黙ってしまった。俺は獣とか魔道具の罠とかで気が気ではなかったが、ソフィアはトボトボと歩いているだけだった。本当は泣きたかっただろうに。泣くことすら許せないと思っているのかもしれない
しばらくするとうっそうとしてた森が突然開けているのが見えた。そこだけは太陽からの光がしっかりと差し込まれて、そこに行けば救われるような、幻想的に思われた
「潜伏しているとされているのもこのあたり」
幻想的な場所へと足を踏み入れた時だった
「!?」
!!!
目の前が真っ白になった
爆音で音を聞いているのかいないのか分からなくなった
吹き飛んだ
幻想的な空間を破壊しつくすような大爆発が起こった
そして俺は見た
ソフィアが空高く打ち上げられるのを
そして
肉を打ち付ける音がした
ソフィアァァァァァァァァァァァァ!!!
魔核兵器がソフィアから離れてしまっているせいで近づけない
どうにかしないと
理不尽に振り回された少女の末路がこれだなんて冗談じゃねえ!
俺は必死に考える
そして思いつくのは俺には何もできないってことだけだ
何が天才だ
何もできないじゃないか
「いったたた、今回、のは、さすがに、死ぬかと、思った」
ぐちゃぐちゃの何かがうごめいている
足はもう一本しかなく、体の色んなところの肉と皮がめくれていて、落下によって体内の骨が......
「待ち伏せされてたのか」
え?
「「破壊の魔女を仕留めろぉぉぉぉ!!!」」
風の国の兵士たちが突然数え切れないほど出てきた
そして俺も理解した。偉そうな男は偵察中の兵が潜伏場所を見つけたと言っていたが、こいつらはきっとわざと見つかったのだろう。潜伏しているのだから魔道具は精神干渉系であると思い込んでいたが、あちらは見つかったことを前提の準備をしていたのだ。そうすればこちらがソフィアを送り込むと予想して。
風の国からすればソフィアは絶対的な脅威であると同時に2年間も戦闘スタイルを変えない実に予測しやすい相手だ。だから彼らは生き残るためにソフィアを殺せるだけの爆薬を仕掛けるという賭けにでて、こちらは見事に引っかかったというわけだ。
ちくしょう!
俺が彼女を助けられる方法についてどんなに考えても思いつかない
彼女にもう一度幸せを感じさせてあげたかったのに!
「ユーレイさん。私の右足、何処か知らない?」
は?
「あ、あった」
そんな傷で何言ってんだ!?
そこで俺は気付く
治ってる......
あそこまでぐちゃぐちゃになったにもかかわらず、もう気になるのは血を吸って紅くなった服と、今取りに行っている右足が無い事だけだ
「右足もボロボロ」
そして足の付け根に右足を付けると、くっついてしまった
そして魔核兵器を剣に変形させ、破壊の魔女を倒せると信じてこちらに突進してくる敵兵の方へと向き直る
「お願い。早く私から逃げて」
ソフィアの姿を見て怯む兵士が出てくる
「早く逃げて。お願い。一人でもいいから死なないで」
彼女は涙を瞳に溜めながら、死神のそれを振った
この世界には魔力というエネルギーが存在している。それは電力などとは異なり質量や実体を持たない。また魔力には種類があり、物質の運動を加速させるものと減速させるものがあり、ごちゃまぜに存在している。それ故に一概に魔力を使うと言っても一方の魔力のみを使用することは不可能であり、元々の魔力のエネルギーに比べて出力はずっと小さくなってしまう。
しかしこの世界にはもう一つ、魔法石というものが存在する。これは魔力というエネルギーをそのまま物質に変換する性質を持っており、ルービッヒがこの性質でホムンクルスを作ろうとしたように魔核兵器では物質とそれに対応する反物質をつくる。物質と反物質は接触したとき、その全てを余すことなく出力へと変換するのである。つまり魔核兵器のみ、元々の魔力のエネルギーを全て出力に変えることが出来る
そしてこの兵器を使えばどうなるかなんてのは
「分かってた。だって今までこの兵器を起動して、生きれた人なんて一人もいなかったんだから」
このセリフはどこぞの悪役が言ってくれればいいもので、彼女が言うと自虐にしか聞こえなかった
「......」
......。
さっきまであんなに騒がしかったのに、今では物音ひとつ聞こえなくなったしまった
ソフィアは泣きそうな笑みを浮かべた
「私、人よりもずっと傷の治りが速いんだ」
あの速度は自然界の限界を超えていた
「どうしてだと思う?」
あの回復力を可能にする方法を俺は誰よりもよく知っている
「私、ホムンクルスなの」
俺と同じ。いや成功体というべきか
「戦争で使える道具として、作られたんですって」
......。
「やっぱり私って......怖いよね」
笑っていた
こんなセリフを、笑って言いやがった
気に食わねえ
俺の口は声を発しない
気に食わねえ!
俺の言葉は届かない
気に食わねえ!!
俺の気持ちは伝わらない
気に食わねえ!!!
納得いかねえ!!!
許せねえ!!!
壊したい。どれを?壊したい。なにを?
それを言葉でなんて言うのかなんて分からなくても、どうにかして、なんとかして、彼女の、それを
「え?」
ソフィアは目を丸くした。
いや、目を疑ったのだ
俺の表情があまりにも場違いで
俺の表情を向けられるのがあまりにも懐かしくて
「意味......分かんなぃ」
涙があふれだしていた
彼女自身、なんで泣いてるのか分かってないだろう
だけどこれが言葉も実体もない俺の俺にしか出来ない唯一のぶつけ方なんだ
これで彼女に覆いかぶさっている何かを1枚壊せてやれたと思う
俺はより一層笑顔を大きくした