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やわらかな陽 3

作者: ひなた水

 仕事帰り、駅のホームで携帯のメールをチェックしてため息を付いた。それでなくてもクタクタなのに、さらに疲れが倍増する。

私は携帯を閉じてバッグにしまうと、ベンチに座って目を閉じた。

春を思わす甘い風が鼻先をかすめる。どこかで沈丁花が咲き始めているのかもしれない。


 家に帰り、いつも通りすっかり用意されてある夕ご飯を食べて、温かく沸いているお風呂に入った。離婚して以来、実家にお世話になっている。

言うなれば居候の私に、もう80才にもなろうかという両親は、まるで小さな子供にでもするがごとく、あれこれ世話を焼いてくれる。

「大人しく世話になることだよ」

 幼馴染の七生は言う。

「でも、何だか申し訳なくて…」

 いい大人の癖して両親にお世話してもらうばかりなんて…

「いいんだよ。それが親孝行なんだよ。フミちゃんの両親は嫌々世話をしている訳じゃない。世話をしたくてやっているんだから、

フミちゃんも、おとなしく世話をされていなさい。それが両親の気持ちに答えるって事なんだから」

「うん…」

 そうは言ってみても、何だか情けない気分にもなる。いつも罪悪感が心をチクリと刺す。もちろん口には出さないが…ここ以外に私の居る場所はないのだから。


 部屋に戻ってから、もう一度携帯を開く。

飲み会の誘いだった。それも同時に2件も…

「今度、飲みに行こうね」

「食事会を開こう」

 前に同じ職場で働いていて、辞めていった女性達の誘いだった。そして二人とも同じ事を言うのだ。

「他の人も誘って企画してくれる?日にちと場所決めてよ」


 何で私を誘うの?何で私に企画させるの? 何よりそういう事が出来ない私に…

心がズンと重くなった。返事のメールが打てない。私が元気そうで暇そうで時間があって、そういうことが得意そうに見えるのだろうか?

 でも断ることも出来ない。せっかく誘ってくれているのに断るなんて、そんな、何様のつもりみたいな態度は出来ない。

第一、二人共少しも嫌いではないのだ。優しくていい人達だし、一緒に働いていた時もとても親しくしていた…なのにどうしても気が重い。

 結局メールを打った相手は七生だ。

「なんかしんどいよ」

 折り返しすぐに電話が鳴った。

「どうしたんだ?」

「飲み会の誘い。企画もしてって2件も」

「おやおや、驚いた。フミちゃんにそんなメールが来るのか?」

「激しく誤解されているのかな私。気が重い」

「だろうなあ。行きたくないんだろ?」

 さすが七生、私より私を知っている。

「でも、断れない」

「それも、だろうなあ。フミちゃんは頼まれると断れないからなあ」

「でも、今はそれがしんどくて出来そうにない。どうしよう…」

「調子悪いのか?」

「うん…疲れてる。気持ちも身体も」

心療内科で貰う抗不安薬の量も、ここのところ増えている。

2週間に一度受けているカウンセリングの先生にも、疲れている時は無理せず、休むように

と言われている。

「どこへも行きたくない?」

「うん」

「俺にも会いたくないか?」

 まさか、七生にはいつでも会いたい。

「ううん」

「それならいいさ」

「いいって何が?」

「俺には会いたいんだろ?」

「うん」

 素直に頷いた。

「それなら、他は断っていいよ」

「メールの返事…」

「別に出さなきゃいいじゃないか。返事が来なければ向こうだってあきらめるだろ?」

「でも、出さなかったら嫌われる」

「考えすぎ!それに嫌われたっていいじゃないか。仕方ないだろ。出たくない会に無理やり出る必要ないよ」

 自信を持った七生の言葉に安心する。

「明日空いているか?」

 七生の優しい声が響く。

「うん」

「じゃあ、俺と会おう。それはいいんだろ?」

「うん、家に行けばいい?」

「いや、たまには外で会おう。俺と飲み会だ」

「でも、私お酒飲めないよ」

 そう、私はお酒はほとんど飲めない。すぐに気分が悪くなる。

「フミちゃんはジュースでも飲んでなさい。俺が飲むんだよ」

 そう七生は笑った。


 次の日の夕方、駅で七生と待ち合わせをした。こんな風に外で待ち合わせするなんて久しぶりで、なんかドキドキしてきた。

「フミちゃん」

 七生が息を切らして駆けてきた。

「待ったかい?」

「ううん」

「じゃ行こう」

 七生が連れて行ってくれたのは、駅から路地を少し入った小さな居酒屋。

「よく来るの?」

「まあ、色々」

「なに?意味深な返事」

「子供には関係ない」

「同い年だよ」

 カウンター席に座ると、七生はお店の人と顔なじみらしく、軽く会釈すると自分には生ビールを、私にはコーラを頼んでくれた。

それから焼き鳥とか、揚げ出し豆腐とか、焼き魚とか、慣れた様子でつまみを注文した。

「なんか、私の知らない七生」

「何だよ。それ」

「サラリーマンみたいというか、オヤジ」

「それなら、フミちゃんはオバちゃんだな。同い年だろ」

 まあ…そうだけどさ。

「なんだ、口尖がらかして…。フミちゃんは納得いかない時、いつもそんな顔するよね。子供の頃から」

 七生はビールを美味しそうに飲んで笑った。

私もコーラを一口飲んで、出てきた焼き鳥を一本頬張った。

「美味しい」

「美味しいか?」

「うん」

「元気になったか?」

「えっ?」

「昨日の、ほらメールさ」

「七生が言ったから…返事してない」

「うん、それでいいよ」

 私は七生の横顔を見つめた。

「どうした」

「ううん、私達って幼馴染なんだよね」

 今更何言ってんだ?という表情で七生は首を傾げた。

「不思議な関係だなあと思って…」

「そうだなあ。よく考えたらな」

「うん」

 しばらくして、黙っていた七生が呟くように言った。

「フミちゃん、生き方に決まりなんか無いんだよ」

「えっ?」

「こうしなきゃ、ああしなきゃとか、これしちゃいけない、あれしちゃいけないとか、フミちゃんいつも考えているだろ?でもそんな事は一つだってないんだよ。フミちゃんが好きな通り生きればいいんだよ」

 また金八先生になってる。

七生はジョッキを口に持っていく手を止めて私を見た。

「フミちゃん、今、俺のこと、また武田鉄矢やってるって思っただろ?」

「うん」

「だと思った」

「でも私、オヤジの七生より、高校教師の七生の方が好きだよ」

 素直にそう思う。実際に教壇に立つ七生は見たことはないけれど、きっと素敵に違いない。

「そっか」

「七生はどんな風に生きてるの?」

「俺か?」

「うん、私にそう言うんだから、七生は好きな通りに生きてるんだよね。それってどんな生き方なの?」

「そうだな、…日向水」

「ひなたみず?なにいきなり?よくわかんない」

「いや、俺もよくわからん、いま頭に浮かんだ言葉を当てはめてみただけだから…とにかくそんな感じだよ」

と、七生は笑った。

でも『日向水』

なんとなく温かくてのんびりした響きがいかにも七生らしく思えた。 





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