盲目賢者とその娘3
「と、とにかく」
子供の前でみっともなく夫婦喧嘩をしたうえ、相談の中身はとてつもなくどうでもいい――しかも大きな声で話せるような代物でもない――という迷惑極まりなく恥さらしな主神は話を本題に戻した。
「テイレシアスよ、正直に答えよ。男と女とどちらが喜びが大きいか」
正直なところ、テイレシアスにしてみればなぜこんな話をまじめに取り合わなければならないのかと言いたい。しかも余計なことを言えばクリスからの信頼は地に落ちるというデメリット付きだ。
「そ、そうですね」
「うむ」「さあ」
テイレシアスが一言口を開こうとした瞬間、デウスとヘラが食い入るように見つめてくるのだからやりにくいことこの上ない。
「よ、喜びは、女性の方が大きいのではないのでしょうか。単純な快楽もそうですが、我が子を育むというのもまた、喜びの大きいものですから」
(そうかそうか)
(なによ、やっぱり男同士かばい会うのね)
テイレシアスの答えに、ゼウスはいたくご満悦であり、ヘラは失望を隠そうともしていない。
「――しかし、ですね」
だが、テイレシアスの話はこれで終わりではない。
「女性のみ子を産む苦しみを味わう、これは男性には決してわからないものです」
(むぅ)
(そうよそうよ、もっと言ってやりなさい)
今度は先ほどとは逆に、デウスは苦々しい顔を、ヘラはうなずいて賛同の意を示している。
「何より、夜のことは男女の片方がどうこうという話ではないでしょう。何より子供を育てるのは片方が快楽や苦労を享受するのではなくではなく、ともに苦しみ、そしてともに楽しむもののはずです。そうでなければ、生まれてくる子供が可哀想ではありませんか」
(たしかに、な)
(そうね、その通りだわ)
二柱の神はテイレシアスの言に聞き入っている。
ちなみにテイレシアスの内心としては
(よし、話のすり替えに成功したぞ。夜の営みなんて人それぞれなんだから、どっちが大きいとか一般化できない話を振らないでいただきたい。なによりクリスの教育によろしくない)
と、考えているのだが、神々から誤魔化しおおせているのだからさすがは賢者である。
「そういうわけですので、男女は互いになくてはならない存在ですから、どちらが上とか下とかではなく、互いに慈しみあい、さらにその心を二人の愛の結晶に注いであげればよいのではないでしょうか」
(そし、うまく落としどころを提示できたぞ)
テイレシアス、会心の説得である。
その結果はというと……。
「なるほど、テイレシアスの言うことは実に正しい」
「ええ、あなたに相談して本当によかったわ」
「男女はお互いになくてはならない存在であるからな」
「ほんとに、もう」
主神夫妻はそろってテイレシアスの言を容れたようである。
「お師匠様」
クリスが話に入ってきた。
「お父様もお母様も、愛情を注いでくれたのかな?」
クリスは孤児、両親の詳細は不明である。
母親の愛は感じていたとはいえ、父親はわからない。
そればかりは、いかに真理を知ることができる賢者と言えども知ることはできない。
それでも――
「ええ、きっと愛してくれたはずですよ、だってあなたはこんなに可愛らしいんですから」
「うんっ」
テイレシアスはきっと“正しい”と思ったことを言った。
クリスもうれしそうだ。
「報酬は、そうだな。二人に私たち夫婦の祝福を与えよう」
デウスとヘラがテイレシアスとクリスに向けてそれぞれ右手を掲げる。
右手が一瞬輝くと、その光は二人に向かって迸った。
「それではテイレシアス、私たちはこれで失礼しよう」
「ご迷惑をおかけしたわ。また何かあればお会いしましょう」
主神夫妻はこれで用件は済んだらしい。
報酬は何の役に立つのかは今のところわからないが、とりあえずさっさと帰ってくれるだけ御の字である。
(もうこういうのはご勘弁願いたいんですがねぇ)
テイレシアスの本音など知る由もないようだが。
「クリスちゃん、“いろいろと”がんばるのよ」
帰りしなに、小声でヘラはクリスに何か伝えたようだったが。
嵐のようにやってきて嵐のように去っていった神々であったが、その影響はこの家だけにとどまった。
主神クラスが動くにしてはいたく卑近な内容だったように思うが、彼らが動いて戦乱や災害が関係しなかっただけ十分である。この中身を漏らしでもしたら、どうなるかは想像すらできないが。
「それじゃあ、今日もお仕事頑張りますか」
「うん、今日も薬草いっぱい集めるの」
非日常から日常へ、盲目賢者とその娘は帰っていく。
盲目賢者とその娘は今日もまた少し不思議で平穏な日々を過ごすのだった。
拙作をここまで読んでくださりありがとうございました。
テイレシアスの神話を題材にしていますので、元ネタに従えばここで書ききったことになります。
よって一旦完結とさせていただきます。
実はテイレシアスは主神夫妻の邂逅では「男の快楽が大きい」なんて言ってしまってヘラはカンカンに怒って出て行ってしまうんですね。その後どうなったのかはわからないんですけど。
そこにクリスが存在することで、男女の話に子供というファクターを入れた論点ずら……説得をさせてみたのがこの作品。
ただしクリスが全く活きてないのはひとえに筆者の力量不足です。申し訳ありません。
もしかしたらいつか改訂したり、続きを書いたりするかもしれませんが、ひとまずこれで失礼します。




