第二十五話 シンチュウプロジェクト
これが普通のサブタイなら、いっそ一話丸々解説にして『辟邪神虫ひみつ大百科』とかそんなタイトルでも良かったんじゃなかろうかとは思うんだけどね。
―解説―
異次元格納式昆虫型機動兵器"辟邪神虫"。
この何とも異形めいた外見をした機械の化け物を開発・設計・製造したのは、現所有者兼操縦者・辻原繁の勤務先――"人類の二世紀先を行く技術力を誇る企業"ことシンバラ社に他ならない。事の起こりは繁と香織がグラーフと再会する数日前のこと。同社はある社員(則ち香織)の協力を得て行われた研究の末に、魔術・魔力(及びそれに対応する機能を持つ機械――則ち"列王の輪")の原理を科学的に解明するに至った。
そこに来てそれらの技術を応用し何か独自のものを作り出すことはできないかと考えた研究チームは、他部署の人員も交えてた話し合いを決行。結果何故だか『空間系魔術で異空間に格納することが可能な大型ロボットの製造』という結論に至る――と、ここまでは良かったのだが、その結論はあらゆる段階での紆余曲折を経(過ぎ)てしまい、結果としてあのようなよくわからないネーミングと何とも恐ろしげなデザインになってしまった機体――それが辟邪神虫なのである。
そんな辟邪神虫を何故一介の平社員に過ぎない辻原繁が所有・操縦することになったのかと言うと、それにはこの機体の実に厄介な仕様と彼の身に起こったある出来事が関係している。
そもそもこの辟邪神虫は『異空間へ格納する』というコンセプト故に、シンバラ社の製造した自走する機械類の中でも過去最大級の代物である。更にどこの誰が言い出したか『リアリティの上にロマンを築き上げる』という理念のもとに開発された。その為見掛けに寄らずかなり高機能であり、武装の豊富さもあって高い戦闘能力を誇っていた。だがこの時、開発・製造に携わる者達は揃いも揃ってある重要な事柄を失念してしまっていた。
その"ある重要な事柄"とは即ち"操縦者を誰にするか"という事であり、そもそも誰に所有させるかさえ決めぬままに作ってしまっていたのである。そもそも魔術の原理を解明できていたとは言え、その魔術を安定して扱える有機生命体――即ち"魔術師"は地球上に(この話の時間軸でさえ)清水香織ただ一人しか存在しない。にも拘わらず関係者達は『適当に誰かへ持たせればいい』ぐらいの感覚で異空間への格納を前提とした巨大ロボットの製造を続けていたのである(そしてまた、所有者の不在はそのまま格納場所がないことにも直結するのであるが、それにすら当然気付かないまま結局機体は完成を迎えてしまう)。
結局関係者達が『所有者がおらず適切な格納場所すら決まっていない』という事実に気付いたのは製造が完了に近付いた頃の事であり、そこから再び会議に会議を重ねた関係者達は急遽ある装置を開発する。名を『AG-22』というその装置は小指の先に乗るほどの大きさしかないツツガムシ型の樹脂製メカなのであるが、あらゆる有機物を吸収・分解し魔力に変換、外部からの命令により空間系魔術を発動し常世と異空間とを連結する門を開くことができる上に、辟邪神虫を遠隔操作する機能まで備わった優れものである(要するに辟邪神虫の制御装置とでも思えばよい)。
ただ惜しむらくはこのAG-22、何らかの設計ミスによる不具合であろうか『有機生命体の体内に埋め込まれなければまともに機能しない』という欠点があり、更に調査を進めると『病等により適度に衰弱した個体でなければよくわからない副作用が起こる』という事までも判明。更にその衰弱具合にもよくわからない基準があるような気配までしてしてくる始末。こんな有様なので一時は解体も囁かれたのであるが、然しそんな彼らの元に千載一遇の好機が訪れる。
その好機こそ、本作第五話にて語られた辻原繁の虫垂炎発症である。運び込まれた彼の衰弱具合を見た関係者達は数多の研究データから『これぞAG-22にとって理想的な動作環境に違いない』と確信、虫垂炎の手術に乗じて繁の体内にAG-22を移植することに成功したのである(関係者達の読みは的中し、以後副作用らしい事が起こっていないのは読者諸君もご存じの通りかと思う)。
また(察した読者も居られようが)繁へのAG-22移植は本人に無許可で行われており、その事が発覚した際は色々と騒動にもなったのだがそれはまた別の話。
―前回より・フェリキタス島にて―
『虫螻蛄めが、切り裂かれいッ!』
『そう簡単に斬られてたまるかよッ!!』
巨大化したサウスによって連発された幾つもの真空波は、辟邪神虫の目前で突如展開された実体のない巨大な蜘蛛の巣らしきものに阻まれ消え失せてしまった。
『くっ、またその"網"か……』
『ああ、またこの"網"だ。厳密には「ジョロウバリア」っつう魔術障壁の類だがな』
そう言いつつ繁が掲げた右前脚(右腕)の足首(手首)には、何やら赤い蜘蛛のような小型機械がしがみついていた。
『……それが媒体か』
『そうだ。満足に自走もできねぇ紙装甲のチビだが、こうやって腕輪にしときゃそんなん気にもならねぇから――『ハァァァァッ!』
『――他人の話は最後まで聞けよ全く……』
話し込んでいた繁目掛けて、サウスは隙ありと言わんばかりに通常よりも威力と切れ味の増した真空波を放つ。然し、一方の繁は避けようともせず呆れた様子でジョロウバリアを展開しにかかるのだが――
『そもそもお前、その真空波はさっき余裕で防いでたろ? 学習しろよ全く――って、あれ? 何でバリア出ねぇんだ?』
突然の不具合に、繁は真空波そっちのけで混乱してしまう。
『セーフティーロックは解除してたよな――って、エネルギーが空じゃねぇか! どうりでバリアが出ねぇわけだわ、クソ、確かこの辺りに――『滅べいッ』――!?』
バリア発生装置にエネルギーを補充せんとした辟邪神虫(もとい繁)の隙を突くように、サウスは刃型のエネルギーを纏わせた手刀を構え飛び掛かる。
『えっ!? あ、ちょま! 早ぇ早ぇ! 早ぇってお前!』
『ぬふははは! 手も足も出んようだなぁ! いいだろう、一気にトドメを刺してくれる!』
そして慌てふためく繁(もとい辟邪神虫)をサウスの刃が切り裂かんとした、刹那。
『ぐぉぁぁーっ!?』
突如サウスの腹に激痛が走り、飛び掛かっていたつもりが空中でバランスを崩しあらぬ方向へ転落してしまった。
『っぐ……こ、これは切り傷……一体何が起こったというんだ……?』
将帥の能力で傷口を元通りに塞ぎながら、サウスは辟邪神虫同様海上へ浮遊するように立ち上がる。そして何食わぬ顔でバリア発生装置にエネルギーを補充している巨大な虫の方へ目を向け、事の真相を理解した。
『……そうか、貴様……そんな手を……』
『そうだ。要するに今の俺は"馬鹿でけぇ虫螻"だからよ。こういう事もできるのさ』
そう語る繁(が操縦する辟邪神虫)の手――より厳密に言えば"前から二番目の左脚"――には、黒く細長い刃物のような物体が握られていた。
次回、辟邪神虫の更なる力!