第二十四話 救世虫者エクスヘキジャー
この(場面が書ける)時を待っていたのだぁ!
―前回より・フェリキタス島上空―
「確かにそりゃ、俺はビビりでヘタレだからよ。そんな図体のあんたに破殻化状態で挑む勇気なんざねぇわ。だからなぁ、一先ずあんたとタメ張れる身体を確保させて貰うぜぇ」
唖然とするサウスの眼前に浮いた繁がそう言うのと同時に、彼の背後が空間ごと大きく波打ち歪み始める。
「無論、巨大化なんて方法はできねぇが……世の紳士諸君の大半が一度は夢見たような真似っちゃそうだろう――なぁッ!」
刹那、波打ち歪み続ける虚空から濁ったような鈍色をした腕――前回終盤にてサウスの手を止めたそれと同じもの――が左右一対計二本ほど飛び出しては、何もない筈の空をむんずと掴み、爪を立てながら力任せに――まるで紙か布のように、耳障り極まりない音を立てながら――引き裂いていく。引き裂かれた中には墨汁に赤紫や深緑のペンキを垂れ流してゆっくり掻き混ぜたような渦で成された不気味で恐ろしげな空間が広がっている。
「おいおいどうしたサウス・ケント? まさかこの程度でビビってんのかぁ?」
その光景を間近で目の当たりにしたサウスは余りにも大きな混乱と不快感に動けなくなっており、それをいいことに繁は裂け目へ向き直りながら煽り立てる。
「まさかそんな事はねぇと思うが、そうなら何とも間抜けよなぁ。世界を滅ぼして自分も死ぬとか言ってる男が、こんなガキのトリックにビビってるなんてなぁ」
繁の煽りが一段落したのと同時に巨大な腕は不気味で恐ろしげな渦巻く裂け目の拡張を終えて引っ込んでいく。
「お、準備が終わったようだな。……さて、本番はこっからだぜぇ。ほれ、勿体振ってねぇで面ぁ見せてやれ! 神秘に娶られ奇跡の腹から産まれた鈍色の化け物よっ! 今日はお前の晴れ舞台! その最高に悍ましい姿、改めて俺に見せてくれぃ!」
繁の呼び掛けに応じるかのように、渦巻く裂け目から何かが姿を現した。最初に腕、次に頭、続いて胴体――そんな具合に這い出してきたのは、如何にも生命体や自然環境に有害そうな色合いをしたあの渦巻きの中でも平気で佇んでいそうな化け物であった。
全身が鈍色の金属らしき物質でできたそれの全容を一言で言い表すならば『有機的なフォルムをした巨大な羽虫型ロボット』とでも言うべきか。繁同様直立姿勢で滞空しているそれの全長は凡そ30か40メートル、大振りな複眼は赤く、カゲロウを思わせる細めの胴体にハンミョウのような顎を持っていた――と、ここまでなら普通の昆虫を巨大化させただけとも言えるのであろう。然しその翅と脚は明らかに異様であった。 まず翅であるが、薄平たく透き通った灰色のそれは西洋の伝承にある悪魔の翼が如き形をしており、また滞空中であるというのに殆どと言っていいほど動いていなかった。
次に脚だが、数こそ通常通り六本であるものの昆虫としてはかなり太く、寧ろサルやヒトといった脊椎動物の腕を思わせた(腕としてはそこそこ細めである)。そもそも形状からして腕であり、先端部など最早ヒトの手としか言いようのない形をしていた。
「紹介しよう! この春から我が傘下に加わってくれた新メンバー、異次元格納式昆虫型機動兵器の"辟邪神虫"君だッ! 皆仲良くしてくれ――ヒャオッ!」
軽々しく紹介を終えた繁は空中で宙返りしながら辟邪神虫の背へ飛び乗ると、破殻化を解除しつつ頭部と胸部の隙間へ潜っていった。少しして、大振りで赤い複眼が発光する。それがパイロットの搭乗完了と戦闘準備の完了を意味することは、誰が見ても明らかだった。
『辟邪神虫……機動兵器に乗り込み私と同スケールのボディを得たか。面白い。ならばその力、どれ程のものか試してやらねばならんな』
『試す、か……幾ら軟弱者の若造とは言えそいつぁチト軽視過ぎじゃねぇかい? まぁでも、こんな気味悪いデザインじゃ無理もねぇか……』
かくして異なる形で巨大化を果たした繁とサウスは、骨肉樹も枯れほぼ更地となったフェリキタス島にて向かい合う。
因みに先程姿を現した辟邪神虫について、ツジラジ製作陣(主に香織)による見事なカメラワークでその姿を見た者達は以下のように証言している。
『世界ぐるみで救って貰っている相手に大してこういう事を言うのは非常に気が引けるが……気持ち悪い……というか、怖い』
『(前略)正義のロボットなんだからやっぱり二足歩行型とか、そうでなくても四つ足のものじゃなきゃなぁ、とは思ってしまう』
『(前略)まさしく化け物だよありゃ。それ以外に言い表しようがないね』
『(前略)あれじゃどっちが悪者なんだかわからん……』
『(前略)サウス・ケントの方が善玉っぽいとか冗談キツいわ』
『(前略)うちの子供が怖くて泣き出したんだけどどうしよう……』
『隣の奴が「アイエエエエ!? バケモノ!? バケモノナンデ!?」って言い出したんだけどさ、これって「HRS」って奴?』
容姿に対する評判は散々な辟邪神虫であった。
次回、突如現れた不気味なロボット・辟邪神虫とは一体何者なのか!?