第二十三話 ULTRAFLY
タイトルが既にネタバレなのかどうか
―前回より・蝿帝軍本部―
「さて、それでだサウスよ――「断る」
サウスの口ぶりは『お前の話を聞く気など毛頭ありはせん』とでも言わんばかりの辛辣なものであった。
「……まだ何も言ってないじゃないか」
「フン、分かった。ならば言ってみるがいい。どうせ返答は変わらんだろうがな」
「言い切るなよ……では、改めて言おう。サウスよ、無理を承知で提案したい。こんな馬鹿げた復讐はもうやめにしないか? 確かに君の妻や親友一家を殺した奴らは私も憎い。復讐したいという気持ちも分からなくはない……。だがだからと言って、間接的に世界そのものを悪と決め付け滅ぼすのは流石にやり過ぎだ。……今からでも遅くはない。全世界の戦力を撤退させ――「断る」
「……駄目、か」
「当たり前だ。何を言い出すかと思えばそんな事か。せめてもの温情で最後まで聞いてやろうかとも思ったが……興が削がれた。お前の説教にはウンザリだ」
「私のは説教ではなく説得だよ」
「此方にとっては同じようなものだ。今更諦めるようでいて何が独善か。そもそも私はお前という『慈悲』の能力に加えて愛や思いやりといった心も捨て去った――言わば血も涙もない非情の男。説得程度でどうにかなるものか」
「……いや、それは違う。君は愛や思いやりを捨て去ってなど――「くどいッ!」
怒りと苛立ちの篭った叫びと共にサウスの手刀が振り下ろされ、真空波がウィリディスを縦に両断した。声を上げる間もなく絶命した毛むくじゃらの黒い巨体は、青白い光の粒子となって瞬く間に消滅していく。
「……自分の誤りを認めず逆上して相手を殺害、か。まるで口先ばかり達者な低脳のクソガキだなぁ、サウス・ケント」
「黙れ、下郎っ! 傍観していただけの弱者が知ったような口を利くなぁッ!」
「おーおーおーぅ、また逆上かよ。ま、何と言おうが勝手だがよ……無闇矢鱈と血圧上がるような真似してんじゃねぇよ、ジジイなんだからさぁ。世界滅ぼして作り替えようとした男の死因が脳卒中やなんかじゃ笑い話にもなりゃしねぇよ」
「……忠告有り難う。確かに目標を達成したのならばまだしも、達成せずに死んでは元も子もないな――尤も、達成せずに死ぬつもりなど毛頭ないが」
「ほう、やっぱまだやる気か。次は何を見せてくれるんだ?」
「随分と余裕なようだな……ならば貴様のその余裕、一瞬にして吹き飛ばしてやろう――ハァッ!」
掛け声と共に、サウスは右手を宙空に突き上げ、左手を顔の隣に置く構えを取って空高く垂直に飛び上がる。そしてそこそこの高さに達した辺りでその体は目映いばかりの光に包まれながら巨大化していき、老人は瞬く間に身長50メートル近い白地に金色のラインが入った鎧を身に纏う巨人へと姿を変えた(時を同じくしてそれまで島をドーム状に取り囲んでいた骨肉樹は瞬く間に"枯れて"しまった)。
細身ながらも鍛え上げられ引き締まった身体に蝿のような意匠のある鎧を纏うという点は巨大化前と同じであったが、然しその全体的なフォルムはよりスマートかつ無機的になっていた(例えば兜などは赤い複眼のようなパーツと触角と思しき突起物で辛うじて蝿と分かる程であった)。当時それを目にした人々は揃って『巨大化前は悪の怪人といった雰囲気だったが、今の姿は寧ろヒーローのようだ』『不覚にもカッコイイと思ってしまった』と証言している。
「おぉー……やることが派手だねぇ」
『茶化していられるのも今の内だぞ――ぬんっ!』
減らず口を叩く繁を、サウスは間髪入れず踏み潰そうとする。然し繁はすんでの所で破殻化して逃げ延びており、すぐさま巨大化したサウスの目の前へ姿を現して見せる。
「甘いなぁ、ジジイ。踏み潰しなんて攻撃も避けられねぇ俺だと思ったか?」
『……』
「然し何なんだその容姿は。まさか破殻化や爆生じゃねぇよな?」
『如何にも。この姿は幻想体の形態を「将帥」の能力によって巨大化させつつその他色々と強化したものだ。まぁ、欲張り過ぎた所為か本来付属する筈の武器が形成されなかったが……元々武器は少々不得手だったので今更気にもならん』
「そうかよ。然しデケェな……よく島が沈まねぇもんだ」
『島を支えている骨肉樹は残してあるからな』
「ほぉ、どうりで」
『して、どうするつもりだ辻原よ。幾ら矮小故に小回りの利くとは言え、この大きさの私を相手取るのは流石に無理ではないのか?』
「確かに無理だ。だから――『死ねィ――っなぁ!?』
滞空したまま喋る隙を突いて両掌で繁を叩き潰そうとしたサウスだったが、彼の企みは失敗に終わる。何故ならば繁を挟み潰そうと振るわれた両腕の手首は、すんでの所で何か――具体的に特徴を述べるなら、突如何もない筈の空間から飛び出してきた機械的な左右二本の腕――によって掴まれていたのである。
手首を掴まれたまま唖然とするサウスに対し、繁は呆れた様子で言い放つ。
「なぁ爺さんよう、幾ら老い先短ぇからってそう焦るもんじゃねぇぜ。寧ろ余裕を持って落ち着いてなきゃなぁ、仮にも軍隊一つを仕切る立場にあるんだしよう。取り敢えず、若ぇもんの話ぐれー最後まで聞けや。なぁ?」
繁が言い終えるのと同じタイミングで、何処からともなく飛び出していた腕がサウスの手首を離して引っ込んでいく。
「確かにそりゃ、俺はビビりでヘタレだからよ。そんな図体のあんたに破殻化状態で挑む勇気なんざねぇわ。だからなぁ、一先ずあんたとタメ張れる身体を確保させて貰うぜぇ」
次回、作者・蠱毒成長中がどうしてもやりたくてしょうがなかったネタが登場!