第二十二話 彼が過去を語ったら:後編
さらっと明かされる驚愕の真実
―前回より・引き続き蝿帝の独白兼回想―
手始めに闇医者を始末した私は、その後も全方面から政府・地方自治体・マスメディアへの徹底抗戦を試みた。然し相手が悪かった。奴らの力は私の想像をはるかに超えていたのだ。ともすれば幾ら私とは言え敵う筈はない。現に私は奴らによって日に日に追い詰められていった。そして私は政府の放った刺客により暗殺され、更にマスメディアにより事故死と発表されたことで法的には死人となってしまった。
然し私はしぶとく生き残り、エレモスの地下へと潜り地上を観察しながら復讐の機会を待った。
観察を続ける内、あの時救急隊員に預けた親友の息子はある企業の経営者に拾われたらしい。そして逞しい青年に成長した親友の息子は、拾い主が経営する企業の警備員となり、やがて社の内外を問わず多くの人々から慕われるようになっていった。
だが彼の勤め先はやがて自身の持つ力を悪用するようになり、つまらん野望の為に大勢の人々を犠牲にするようになっていった。そして親友の息子もまた堕落した勤め先の手先として動くようになり、私は妻を自ら手に掛けてしまった時のそれに勝るとも劣らぬ悲しみと絶望を味わうこととなってしまった。せめてもの救いは、彼の悪行が義理の親でもある雇い主から強制されてのものでなく、二人が極めて理想的な上司と部下(或いは親と子)の関係にあったこと、心からの友と呼べる者達がいたことだろう。もしそらの"救い"がなければ、彼以上に私が駄目になっていたと思う。
月日は巡り、彼の勤め先へとその悪行を止めんとする者達がやって来た。彼はその者達と交戦し命を落としたと、どこかで耳にした。そしてまた『彼や彼の雇い主を含むその企業の者達は、裏で糸を引く悪しき生命体に操られるまま悪行に走っていた』とも聞かされた。
許せなかった。その"悪しき生命体"が。そしてその憎悪が、妻の命を間接的に奪っていった連中への憎悪と程好く溶け合い、元々の数十倍――否、数十乗倍にまで力を増した。そもそもエレモスとは外界で傷付き追い詰められ、逃げ出さざるを得なかった弱者達の受け皿たる大地。つまり、妻や親友一家を私利私欲の為傀儡とした挙げ句死に追いやったのは、このカタル・ティゾルという世界そのものとも言えよう。ならば復讐の矛先も世界に向けられていて当然ではないか。そうだ、こんな世界など滅ぼしてしまえ。全ての文明を滅ぼして私も死んでしまおう。そうしてしまえば、少なくとも向こう数十億年の間は世界も平和なままだろう。
そんな事を思って行動を開始したある日、私は突如フライの保有者になっていた。全ての能力を把握した私は、その中で最も強大な力を誇る『将帥』の能力――何らかの間接的なデメリットを負いながらも自らの思うままに行動できるというもの――を用いて秘密裏に準備を開始した。
手始めに海底の地下深くに小都市レベルの基地を築き上げた。我乍ら流石に無茶か、いくらなんでも最初から飛ばしすぎたか等と思いもしたが、どういうわけかそれほど疲れもせず半日で作業を終えることができた。何を言っているのかわからんと思うが、私自身も自分で何をしたのかよく覚えていない。
続いて私は世界を滅ぼすための兵力を揃えることにした。言わば今の『蝿帝軍』の雛形とでも言うべき組織だな。『将帥』の能力で適当に神託めいたものを求めた所、ノモシア北部の山間部にある洞窟内部へ封印されている名もなき古代の怪物を発見した。この怪物を使い、骨肉樹や我が配下達が生み出されたというわけだ。
かくして我が蝿帝軍は順調に世界を滅ぼす――というよりも、配下達のものとすべく準備を進めていた。然しある時、誰もが予想だにしなかった事態が起こってしまう。
我がフライの能力の一つが自我を得て実体化し、あまつさえ私に対して『計画を取りやめ静かに生きろ』などと説教を垂れてきたのだ。
―前回より・蝿帝軍本部―
「その『自我を得て実体化し説教を垂れてきた能力の一つ』こそ――」
「私こと、ウィア・ウィリディスというわけだ」
「……マジで?」
サウスとウィリディスと作者以外の誰もが面食らうのも無理はないことと思う。だがこれが事実――プロットの時点で考えていた設定なのでしょうがない。
「マジもマジの大マジだ。いや寧ろ超マジか。まあどうでもいい
「その口ぶりから察するに、本来のフライの能力ってのは五つじゃなく六つあったって事か?」
「その通りだ。昔話で例えるなら『十字型大陸の上空には愛深き王によって統治される浮遊都市があった』とでも言おうか」
「ふむ……だが今のあんた等は敵対してる。浮遊都市は大陸上空から追放されたって訳だが」
「如何にもその通り。何せ実体化しウィリディスとなった『慈悲』の能力は、私自らの手により切り捨ててしまったのだからな」
サウスの衝撃的な言葉に、ウィリディス以外で彼の話を聞いていた者は思わず言葉を失った。
「なっ――き、切り捨てたぁ!? 切り捨てたってどういうことだよ? 実体化ですらわけわかんねぇのに、その能力を切り捨てたってお前……」
「『将帥』の能力にかかれば赤子の手を捻るも同じことだ。別に不思議がることでもあるまい?」
「いや、そりゃそうだが……」
「より厳密には『能力の保有権限を限定的に破棄した』とでも言うべきかな。ともかく私はこの男に捨てられ、転移魔術で北極へ飛ばされてしまった。私は行使された『将帥』の残滓を用いて身体に分厚い筋肉に皮下脂肪、この全身八億本にも及ぶ黒い体毛を発達させ極寒の環境に適応した。そして魚介類等といった海の幸で飢えを、皮下脂肪を分解した際に生じる水分で渇きを凌ぎながら海での過酷な生活を生き延びたんだ」
「クジラか貴様は」
「いや、体毛密度からすっとラッコかも」
「失礼な。この姿はクマのつもりなんだぞ。見ての通り後ろ足を退化させてなんかないし、背泳ぎだって苦手なんだ。それならゴリラと呼ばれた方がまだマシというものさ」
「そういう意味ではない。貴様のようなクマが居てたまるか」
「同感だ。ゴリラはもっとねぇ。そもそもゴリラって植物食だし」
「何か傷付くなその言い方……というか、敵同士なのに何か妙にシンクロしてないか君ら」
「「気の所為気の所為」」
「(絶対気の所為じゃないよなぁ……)」
等と思いながらも口には出したくないと思ってしまったウィリディスであった。
次回、何か余計なギャグパート挟まったけどシリアスはちゃんとやります