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第二十一話 彼が過去を語ったら:前編





長くなり過ぎたので前後編……

―前回より・―


「――ウィリディスさんだっけ、あんた一体何なんだよ?」

 繁の言い放った言葉は、そのまま読者の本心を代弁しうるものであった。

「戦闘に乱入して蝿帝突き飛ばす、俺は回復さす――と、まぁこの辺りは感謝してるが――問題はその後だ。何か突然蝿帝と思わせ振りな会話は始める、それがそのまま言い争いに発展する、挙句俺への説明も無しと来た。蝿帝もだがあんたマジで何者なんだ? お次は余計わけわからん内容の会話と来た。説明欲しさに話し掛けても無視されてよ。そしたら話もろくすっぽ聞かず勝手に俺の実力がどうとか言い出しやがって。一体何がどうなってんのか教えてくれや」

「……よし、わかった。では――「私が説明しよう。ウィリディスそいつより事情には詳しいからな」

「助かる」

「ところで、ここでの会話はほぼ全世界に筒抜けか?」

「あぁ。自動オートでそこそこの編集はされるが基本筒抜けだ。……衆人に聞かれるのは嫌か?」

「まさか、とんでもない。逆に大勢の人々に聞いて欲しいくらいだ――特に、エレモス民の方々にはな」

「ほう」


 繁は気付いていなかったが、この時多くのエレモス民は蝿帝の言葉に戦慄していた。『声を聞いた時からもしやとは思っていたが、まさか本当に奴だというのか?』――エレモス民達の胸中を代弁するとこんな感じである。


「さて、それでだ」

「何だ?」

「音声のみの中継ではこの先何を言っても疑われるかもしれん。よって映像での中継もしておきたい所なんだが……」

「分かった。担当に連絡――いや、筒抜けだし大丈夫か」

 繁の言う通り、会話の流れから仕事を察した香織は早速魔術で世界中の映像機器等に介入。繁の視界とリンクさせる事により全世界への映像中継を成し遂げる。

「準備完了だとよ」

「わかった。……では今こそ明かそう、あらゆる真実を。まずは名前を名乗ろうか……」

 兜をゆっくり脱ぎながら、蝿帝は淡々と言葉を紡ぐ。

「"蝿帝"改め"サウス・ケント"だ。以後宜しく」

 兜の下から現れたその顔は、鋭い目つきで白髪頭の痩せこけた厳ついコーカソイドめいた老人のそれであり、その顔に見覚えのあるエレモス民は後に揃ってこう宣言している。


『声を耳にした時から嫌な予感はしてたんですけどね。顔見たら的中でしたよ』


 蝿帝改めサウス・ケント。エレモス民と思しきこの男の過去に一体何があったのか?

 何故彼は化け物を率いて世界を滅ぼさんとする"蝿帝"となったのか?

 その詳細は、当人自身に語らせるとしよう。


―蝿帝の独白兼回想―


 孤児であった私は幼くしてある児童養護施設へ引き取られ、そこで育った。そして体術と武器術の才を開花させ、人々を守り自然の乱れを正すべく生体災害応戦士となった。これでも一応大陸全域に名の知れた凄腕として名高く、同期で親友だった竜属種の男と双璧を成すとか言われては、度々スター扱いもされていたかな。その辺りについて詳しく知りたいなら当時を知るエレモス民に聞いてくれ。

 とは言えそんな私にも成果の奮わん下積みの時代はあった。大衆は各種メディアの情報操作から私を『失敗を知らぬ生来の天才』『神に選ばれた完全無欠の男』だなどと思い込んでいたようだが、私とて凡才だったんだよ。そんな凡才の私を支えてくれたのは他でもない、我が生涯唯一の伴侶・セーヴェルだった。彼女は私と同じく孤児であり、結婚後も子供に恵まれなかった為実の家族は二人だけだった。だが件の親友とその一家が居たので寂しくはなかったがな。

 また、その頃には親友もプロ棋士の女性と結婚して男子を授かっていてな。親が親なためだろうか、幼い内から"戦いの才"を開花させつつある一方大の猫好きでもあるその少年は私達夫婦にも大層懐いてくれていてね。仕事も順調だったし、私と彼女は間違いなく幸せの絶頂に居た。だが、悲劇は唐突に訪れた。


 ある時セーヴェルが、得体の知れない病に感染してしまったのだ。否、それは病というより呪いだったのかもしれん。病に倒れた彼女の体組織は日を追う毎に、凡そこの世に存在し得ないような――異界や異星というものがあるのなら、或いはそこに由来するものと辛うじて言えなくもないであろう――異形のものへと変じていった。更にはそれに伴って、彼女の心も徐々にだが崩壊に向かいつつある事が明らかとなった。つまりこの病が最終段階にまで至った時、彼女は彼女で無くなってしまうという訳だ。

 私は深く悲しみながらも何とか彼女を救おうと力を尽くした。だがこの奇病は前代未聞故全くの未知。治療法など見付かる筈もなく、それどころか各地の医者や学者、魔術師といった連中は『面倒は御免だ』と言わんばかりに彼女を腫れ物扱いし、大陸政府までもが彼女の奇病を『存在しないもの』として社会から抹消せんとしてきた。親友一家を含む身の回りの者達までもも政府の雇った魔術師に記憶を改竄され『セーヴェル・ケントは新種のウイルスに感染したことで生死の境をさ迷っており、治療の為隔離されている』という大嘘を信じ込まされてしまっていた。だが私は如何なる脅威にも屈する事なく抗い続け、彼女を守らんとした。治療が無理ならせめて安楽死をと思い、請け負ってくれる場所を探し歩いた。

 そして私は、苦悩の果てに出会ったある闇医者に彼女を託した。預けた翌日に安楽死は実行され、彼女は密かにこの世を去った。それを突き止めたらしい政府は彼女の死因をヘルペスと公表、大陸を代表する英雄が愛した女の死を慈しまんと盛大な葬儀を執り行った。ふざけた連中だとは思ったが、私は彼女からの"言葉"と、それに対する彼女への"誓い"思い出しては怒りを鎮めた。


 彼女は言った。『私が私でなくなったしても、私の"生きた証"があったのなら私は消えたりしない。だから貴方は私を忘れないでいてくれればそれでいい』と。

 そして私は誓った。『何があろうと彼女を忘れはしない。私が彼女の"生きた証"となろう』と。


 そう思うだけで心が静まり、力が沸いて来るようだった。


 だが、ここでまた悲劇が起こった。私が遠出から帰って来ようかというその時に、私と親友一家の住む街が生体災害に見舞われたのだ。私は大急ぎで親友一家を助けに向かったが時既に遅く、親友一家はほぼ全員が化け物に殺されていた。唯一生き残った幼い一人息子も重傷を負っており、救急隊員に預けるのが少しでも遅ければ彼も家族の後を追う結果となっていたのは言うまでもない。

 親友の息子を救急隊員に預けた私は逃げる化け物を必死で追い掛けた。そしてどうにか人里離れた山間部へ化け物を追い込み、そこでとどめを刺すことに成功した。

 悲劇は終わった――私はそう思った。然し終わってなどいなかった。ふと休憩していると、止めを刺した化け物の身体が徐々に溶け始めた。一体何事だと私がそのまま見ていると、化け物の肉が跡形もなく溶けて消えたその場所には、一人の女が倒れていたのだ。


 事も有ろうに、その女とは……死んだ筈の我が妻セーヴェルだったのだ。


 わけがわからなかった。


 だが、私の足は本能のままに動き、いつの間にか彼女の元へと駆け寄っていた。

 咄嗟に抱え上げ、そこでふと気付く――まだ、息がある。

 必死になって呼び掛けた。

 声が涸れる程に。

 すると彼女は微かに瞼を開き、消え入るような声で『救ってくれて有り難う』とだけ呟くと、眠るように息を引き取ってしまった。


 絶望に打ちひしがれた私は、その場で彼女の亡骸を抱きながら一晩中泣きつづけた。


 翌日、私は闇医者の元を訪れ問い詰めたが、シラを切られるばかりで話は進まず、更には『自分も逮捕されるのを覚悟の上で警察を呼ぶ』とまで言われ、結局いいように追い返されてしまった。だが後々調べた結果、幾つかの真実が明らかとなった。

 まず、闇医者はセーヴェルを安楽死させたと偽り裏で無理矢理生かし続けて化け物への変異を完了させていたということ。

 次に、変異の完了したセーヴェルを街へ放つことで人為的に生体災害を引き起こしていたということ。

 ここまではまだ予想通りだったのだが、問題はその後だった。

 というのもかの闇医者は政府・地方自治体やマスメディアの一部と協力関係にあり、人為的な生体災害もそれらの指示により引き起こしていたというのである。理由は『反政府的な思想を持つ傾向にある住民を事故に見せ掛け効率的に始末するため』『私用施設の為に土地を確保する必要があった』『サウス・ケントの名を使った金儲けに利用するため』等という至極腹立たしいもので、闇医者は報酬として多額の金と医師免許を受け取っていることまで発覚した。

 こうなればもう、やることは決まっていた。

次回、蝿帝ことサウス・ケントとウィア・ウィリディスの関係とは?

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