第二話 エクステンタクルズ
急展開
―五月六日の早朝・少年の自宅にて・少年の母親視点―
「ひぎゃああああああああ!」
朝食の用意をしていた時、ふと上の階から悲鳴が聞こえた。
声と方向から考えて息子ので間違いない――そう思った私は、心配になり様子を見に行くことにした。
終わりかけていた料理を中断し、息子の部屋へと続く階段を駆け上がっていく。
「ランディ、どうしたの?大丈夫?」
ドアをノックし声をかけたが、反応がない。まさか、本当に何かあったのだろうか?
心配になった私は一言『開けるわよ?』と声をかけてドアを開け中へ入る。するとそこには――
「~♪」
――何時も通りに早起きし、着替えを終えて寝床を整えている息子の姿があった。どうやら大事には至っていないらしく、私は安堵した。もしここで何かあったのなら、私がショックを受けるばかりか島の外へ出張中の夫にまで心配をかけてしまい、仕事にも支障を来すことになってしまうだろう。そうならなくて、本当に良かった。
「ん、母さん?どうしたの?何かあった?」
「ええ。部屋から悲鳴が聞こえたから、何かあったのかと思って……」
「悲鳴……あぁ、さっき怖い夢を見て飛び起きちゃったんだ。心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫だから」
「いいのよ、貴方が無事で居てくれさえいたらそれで……」
息子の言葉にほっと一安心した私は、適当に言葉を交わし『もうすぐ朝ご飯よ。できたら呼ぶから来て頂戴ね』と告げ、部屋から出ようと息子に背を向けた――が、そこまでだった。
―視点変更―
「……」
一仕事終えた僕は、無言のまま目の前の物体――ついさっきまでこいつの母親だったもの――から指を引き抜いた。あの程度の嘘で騙せるなんて、何ともチョロい奴だと思う。今現在僕の容器になっているこのガキもだが、ここまでサクサク進むとは流石に思わなかった。まあ、円滑に進むに越したことはないので別にいいんだがな……
「さあ、始まるぞ……ここからは僕らの――いや、サウス様の手番だ」
密かに呟いた僕は、潜伏中の仲間達に向かって一斉に合図を出す。
―同時刻・フェリキタス島中央区繁華街―
「ねぇヨシ君、こんなのどうかな?」
「いいんじゃないか? 凄く似合ってる!」
「ママ、あれがいい! あれ買って!」
「あれがいいのね? 分かったわ」
「よぉぉし! 今日はわしの奢りじゃ! 好きなだけ喰らうがええわ!」
「マジっすか親方!」
「やったぜウェーイ!」
祝日であるその日、歩行者天国と化した繁華街は普段以上の賑わいを見せていた。商店はこぞって催しで店を飾り立て、客達はそれらに合わせて所狭しと騒ぎ回る。それは毎年恒例の光景であったし、そもそもフェリキタス島は一年を通して全体が明るく陽気なムードに包まれており、島民達は(自分達が正しく動いたなら)その光景が何時までも終わりなく続くのだろうと考えていた。
だが、その光景はある一時を境に最悪の形で豹変する。
「あら……何かしら?」
イモリ系半水種の若執事を連れて街道を歩いていた鯰系鰓鱗種の老婆が、幽かに不自然な揺れを察知した。
「奥様、どうかなさいましたか?」
「いえね、少し変な揺れを感じたのよ……」
「変な揺れ、ですか?」
「そうなのよ。何だか、地面の奥深くで何かが動き回ってるような……」
「確かにそれは不自然ですね。この島は地殻と繋がっていない浮島ですし、そのような生物は侵入し得ないというのが通説ですから……」
「そうでしょう? だから不安になってしまってねぇ。どうせ大したことはないと思うのだけど――」
「ええ、そうであることを願いましょう。然し油断してばかりも居られません。いざという時には私めが奥様を――ん?」
そこでふと、若執事・列島清太郎は違和感に立ち止まる。先程まで傍らで話し込んでいた自身の主である老婆・佐島の姿が、何故だか眼前から消え失せているのである。
「奥、様……? 奥様、どちらへ? 奥――っ!?」
辺りをキョロキョロと見回した清太郎は何とか佐島の姿を視認、同時に周囲の状況をも悟り、その信じ難き惨状に思わず絶句した。
「お、おく……さま……?」
佐島は姿を消したのではない。ただ、清太郎の視界から外れた位置――即ち遥かに上方に居たのであった。
とは言え佐島は鯰系鰓鱗種でありその背に翼や翅なるものはなく、優れた魔術師でこそあれ意味もなく浮遊系や飛翔系の魔術を用いたなどということもない。ならば佐島を空高く"持ち上げた"張本人は何であるかと言えばそれは、数本で束になり路面を突き破るように生えてきた"肉色をした蔓のような何か"であった。
更に、ふと見れば辺りからは同じものがそこかしこから生えては道行く人々を捕まえており、いつの間にか繁華街は大混乱に陥っていた。
また、清太郎や佐島を初めとする繁華街に居た者達は知る由も無かったことだが同様の災害は島全体で起こっており、島の海辺や近海からは街中で生えた肉色のものより更に巨大で強靭な皮膚色のものが生えては船舶等を襲いながら島へと向かっていたのである。
受け入れ難き現実離れした凄惨なる光景にショックを受けた清太郎の脳は一瞬思考を放棄しかけたが、それでも何とか正気を保つに至った彼の行動は決まっていた。
「奥様、今暫くお待ちを! この男列島清太郎が今、貴女様をお助け致します!」
叫んだ彼は強力な最上級攻撃魔術の構えを取り、最大出力で主を拘束する蔓のような忌まわしき物体のみを吹き飛ばさんとする。全ては己の主にして恩師であるかの老婆を救う為に、彼は全身全霊をかけて持てる限りの魔力を一点に集中させ練り上げていく――が、ここに来てそれを止めんとする者が現れた。攻撃される気配を悟った蔓らしき物体であろうか? 否、それは清太郎がたった今助け出さんとしている主・佐島であった。彼女は死の危機に瀕していながらも、決死の力で忠臣にして最愛の教え子である男の脳へ念話で退くよう呼び掛けたのである。
『清太郎……私に構わず逃げなさい……』
「な、何を言い出すのですか奥様っ! 主を守るは執事の勤め、例えこの身死そうとも貴女をお救い致します!」
『馬鹿な真似はやめなさい……確かに貴方は、こと魔術については才能に恵まれない"劣等生"だった……両親の離婚で引き離され、有島財閥の令嬢にまでなった清美さんとは正反対の……それは認めざるを得ない事実でしょう……けれど貴方が他人より劣っていたのはそこくらい、特に頭脳と判断力は誰にも負けないあるでしょう? 何が一番賢い選択肢かは……』
「えぇ、勿論分かってますよ」
『なら何故逃げないの!? このままじゃ貴方まで――』
「それがどうしたってんですか! 執事は主を守れるってんなら――例えそれで死んだとしても本望です! 俺が選んだ"最も賢い選択肢"は、"貴女を救う為にできる限りのことをして死ぬ"こと! そのただ一つだけです!」
『清太郎……』
「奥様――いえ、佐島先生……説教ならあの世で幾らでもお付き合いします。だからどうか、今回だけはお許し下さいッ!」
恩師の返答を待たず、青年は練り上がった魔力を解き放つ。絶大なる威力を誇る破壊のエネルギーは清太郎の目論見通りに佐島を捕らえていた蔓らしき物体を一瞬にして的確に(かつ、佐島には傷一つ付けずに)跡形もなく吹き飛ばし、そればかりか周囲に生えていた他の蔓らしき物体にまでも致命傷を負わせるに至った。
「良しっ!」
清太郎はすかさず佐島の位置を確認。瞬時に落下位置を予測しそこに衝撃緩和の魔術を展開することで恩師を助けんとする――が、その企みは一瞬にして脆くも崩れ去る事となる。
「これで何とか――!?」
安堵しつつ魔術を発動せんとした清太郎の眼前で、先程吹き飛ばした筈の蔓らしき物体が瞬時に再生してしまったのである。
「な、何だと!? っくそ! こいつ、しぶてぇ……」
清太郎は状況に絶望したが、然し諦めたわけではなかった。
「こんな事も、あろうかと……魔力を少し残しておいて良かったぜ……さあ、喰らいやがれ……真なる俺の"全力"を――うごぶっ!?」
清太郎は最後の力を振り絞り、自らの全てを犠牲にした大魔術で都市ごと蔓のような物体を吹き飛ばさんとした。だがそれを気取ってか気取らずか、蔓のような物体は一斉に清太郎へ襲い掛かり、魔術の発動はおろか断末魔の叫びを上げるほどの暇さえ与えず力任せに刺し貫き引き裂きながら飲み込んでしまった(佐島はそれ以前に殺していたのだが、清太郎は怒りに冷静さを欠いていた為それに気づかぬまま殺されてしまった事になる)。
その後も蔓のような物体は次々と地中や海中から姿を現しては島中を侵食し続け、やがて島全体を覆い尽くし、寄り集まることでドーム状の構造物を形成。後に世界中を震撼させた大災害と呼ばれる事となる。
即ち"フェリキタス島事件"の幕開けである。
次回以降も早い展開が続きます