第十四話 コッカラガ×キュウテンカイ
配下達とのバトルはそんな掘り下げなくてもいいかなって
―前回以後・フェリキタス島の一角―
「っく……ふぅ……はぁ……」
骨肉樹の侵食を受けたビルの屋上に備わる、元は主に外部からの来訪者や観光客を乗せたヘリコプターを招き入れるのに使われていたヘリポートにて、今また一つの激闘が幕を閉じようとしていた。
「……つ、強いな、貴殿は……いや、小生が弱い、のか……はは」
瀕死の重傷を負った配下の一人"ソルド・ワール"がの言葉は、自嘲気味ながらどこか満足げな様子であった。到底助かる余地などないのにそうまで言えるのは、彼が誇り高き武人然とした性格であり、先程までの戦いが多いに満足なものであったからに他ならない。
「いいえ、貴方はとても強いお方でした……例え私に負けようと、それは決して変わりません」
あくまで穏やかに、然し確かな意志により返答するのは、ソルドと激闘を繰り広げ、彼をどうにか打ち倒すに至った竜属種の女・建逆璃桜。その姿は骨だけになり尚も立ち続ける赤い骸骨竜人のようであり、骨格の変形や本来備わっていない翼の存在などからして、身体へ宿る夜魔幻の力を解放したのであろうことは容易に想像がつく。
「フ……そうか。だが負けは負けだ……真なる実力がどうあれ、小生は貴殿に、或いは自分自身の弱さに負けたのであろうよ。それは変わらん……」
「そう、ですか……」
「ああ。……だが不思議なもので、負けたばかりか今にも死にそうだというのに、不愉快でもなければ苦しくも辛くもないんだ……寧ろ逆に、心地好く幸せで、何かに救われたような……おかしな話だとは当の小生自身が一番感じているのだが……これが、救済というものなのか……」
安らかな笑みを浮かべながら、ソルドの肉体は静かに生涯を終えた。その死を無言のまま見届けた璃桜は、遺体へ静かに祈りを捧げその場を後にした。
―同時刻・フェリキタス島の一角―
「ボビュゴォォォォオオ!」
「いやぁぁぁぁああああ!」
「ひぎゃあああああああ!」
ふとした偶然から行動を共にすることになったニコラと春樹。中央スカサリ学園襲撃以来実に五年ぶりのコンビ結成を懐かしみながら島の探索を進めていた二人は、フェリキタス島の開けた土地(嘗ての姿は広大な私有地の麦畑)にて、突如地中を破って表れた得体の知れない化け物の襲撃を受けていた。
基本四足または二足歩行で歩き回るその化け物の姿を一言で言い表すならば『感染症に罹ったことで痩せこけてしまった巨大なテナガザル或いはチンパンジーが如き細身の怪物』であり、頭胴長こそ凡そ4m程度とカタル・ティゾルでヒトとして扱われる種族の中にもしばしば散見される大きさだった。然し問題は腕や脚で、特に腕の長さは尋常でなく、腕を広げた長さはもしかすれば10mにも及ぶだろうか。
外見通りに機敏なばかりでなく、細腕からは想像もつかないほどの怪力を誇るその化け物は、思った以上に二人を苦戦させていた。
「ちぃ、何なのよあいつ!? あんなに居るなんて聞いてないんだけど!?」
「いや、そもそも事前情報とか無かったから何が来たって文句言えないってば! っていうか逃げ回ってばっかじゃなくて攻撃しないとマジで殺られるのだ僕が! 主に僕がっ!」
「そう思うんなら春樹ちゃん攻撃しなさいよ私壁やるからっばげぇぇぇぇー!?」
「うわぁぁぁぁん! 普段壁役がデフォのニコラがあっさりやられたぁぁぁぁ! この人でなしー!」
尚、相対する二人は気付いていないのだがが、この猿型の化け物もまた蝿帝軍の戦力であり、骨肉樹や配下の綿々と同じく蝿帝の精子を得た名もなき古代の古代の怪物によって生み出された存在である(原理としては配下を生み出す際卵子に組み込む死者の魂が獣の毛になった程度と思えばよい)。とは言ってもヒト相当の知性を持ち合わせているようなことはなく、個体名もなければ自我もそれほどありはしない。とは言え当然骨肉樹よりは上位に位置しており、戦闘能力も高い傾向にあったりする。
「とにかくこいつをどうにかしないと! ほら、行くよニコラ!」
「はいよ。でも本当、攻撃力には期待しないでね? あとあいつ相手じゃ壁もできそうにないかも」
かくして、激闘の火蓋は切って落とされたのである。
―同時刻・フェリキタス島の一角―
《中々見つかりませんね……》
「そりゃそうだよ、敵軍の本拠地なんてそうそう見つかる位置にあるわないし」
その風貌に反して穏やかな性格をしている異形の調理師こと"ケラス・モノトニン"は、五年前に出会って以来強い絆で結ばれている相方の丸藤(その正体は、彼女の体に組み込まれた『電脳銀龍鍵』なる武器に宿る実体なき使用者補佐プログラム)と二人、適当に雑談をしながら島の探索を続けていた。しかし他の面々が次々と蝿帝の配下やそれに準ずる化け物と遭遇し死闘を繰り広げていたのに対し、彼女らを襲わんとする者は姿を現していなかった。
《だとしても敵兵の一人や二人ぐらいは出てきても良さそうなものですが》
「何楽しみにしちゃってるのよ、本当に来たらどうするの」
《来た時の為に私が居るんじゃないですかー。前作でも今作でも今回まで出番ほぼ皆無で蠱毒からもよく在って無いような扱いされるんですから、こういう時がチャンスなんですって》
「その気持ちは分からなくもないけどさ……っていうか、そういうこと言ったぐらいで寄ってくるわけないって。それが通用するんだったら魚釣りにボウズとか外道とかないでしょ」
《御嬢様、"ボウズ"や"外道"とはどういう意味ですか?》
「あ、知らなかったっけ? どっちも魚釣り用語でね、まず"ボウズ"っていうのは――「ッきひヒヒィアああハはァギャウぇヘゥぅゥッ!」
《「!?》」
ケラスの発言を遮るように(声に出して読む気も失せるような)大音量の奇声が響き渡ったかと思えば、それと同時に二人の眼前へ何とも不気味で恐ろしげな雄獣人が現れた。
「キヒヒヒ、ヒキキキキキ、キヒキキヒキキキヒヒキヒィ……」
身体のあちこちが壊死・白骨化したかのような、やせ細ったハイエナのようなそいつの名はニオ・セイ。蝿帝軍随一の凶暴性を誇ると言われる男である。
次回、ニオ・セイVSケラス&丸藤