第十一話 WakeUp-ウェイクアップ-
バサイの死がもたらす影響とは……
―前回より・繁がバサイを追い詰めた頃・フェリキタス島の外れ―
比較的新しい土地であるが故に平和であり、また地域(より厳密には区画と呼ぶべきか)ごとの差というものもそれほど顕著ではないのがフェリキタス島の常というか、広く知られる原則ではある。然しながらそれはあくまで原則に過ぎず、それを実証するかのように島民が滅多に寄り付かない、寂れたような場所というものも存在するのである。
有り体に言えばそれは『島の外れ』であった。理由は『人里から離れており、目ぼしい施設もないため』という、至極単純な――それこそわざわざ説明する程のこともないようなものである。そして島全体が骨肉樹の侵食によって蝿帝軍のものとなった今、そこにはある男が居座っていた。
「――……」
舗装されていない道路に堂々と(というよりも、心臓麻痺か何かでさしたる外相もなく一瞬で息絶えた死体のように)横たわっているのは、身体の所々が壊死或いは白骨化したかのようなブチハイエナ系禽獣種らしき男――もとい、蝿帝の配下が一人"ニオ・セイ"であった。蝿帝への忠誠心こそ(それは例えるなら、飼い主に対し従順な犬のように)有り余らせている彼は、然しその生来の凶暴性から蝿帝以外の者と慣れ合う事を好まず、それ故にトラブルを起こすことが多かった。
今現在こうして島の外れで眠りこけているのも、トラブルを起こし白眼視されたり、この世の何よりも忌み嫌う存在(即ちルジワン・バサイ)と接触する事を避けんとしたが為の『隔離されたように生きる』という彼なりの判断によるものである(無論、だからと言って蝿帝との仲が希薄になったわけではない。あくまで彼がこのような生活を強いられている全ての原因はルジワン・バサイにある)。
「……――」
ニオ・セイの眠りは深い。島全体が不愉快な騒音に包まれても、島内に得体の知れないテロリスト共が攻め込んできても、そのテロリスト共の所為で島中が爆音や悲鳴に包まれても、彼は目覚めることがない。彼を目覚めさせうるのは、彼自身若しくは蝿帝の意思か、そうでなければ彼にとって余程重大な出来事くらいのものである。
「――……っ」
そしてその彼が、今目覚める。彼自身が起きようと思ったからではなく、まして蝿帝から命令を受けたわけでもない。彼にとってとても重大な出来事が起こったために、図らずも目が覚めてしまったのである。
「……――へっ」
然し彼は不本意である筈の目覚めに不平も漏らさず、寧ろ何処か嬉しそうにほくそ笑む。
「……待ってたんだ、この時をなぁ……」
―同時刻・建造物の中―
「――!?」
骨肉樹の侵食により見る影もないかつての役所にて戦線を離脱し物影に隠れていた蝿帝配下の魔術師"シフ・ラ・ズマ"が得体の知れない本能レベルの危機を気取ったのは、それまで眠っていたニオ・セイが突如目覚めたのとほぼ同じタイミングでのことであった。
「……我が主シフ、どうかなさいましたか?」
主の不調を気取った使い魔ハムスター・キミタロウの問い掛けに、シフは不安げにたった今細胞レベルで悟ったこと――バサイ死亡とそれに伴う不死性付与能力の消失――について話して聞かせた。
「なっ……あの汚物、唯一無二の存在意義をこうも早くフイにしてしまうとは……!」
「信じられんよなぁ、本当。だが事実は事実……死ぬ前にあの女をどうにかせんとぉうっ!?」
「我が主っ!」
突如背後から飛んできた誘導弾風の魔力エネルギーが、シフとキミタロウを周囲の建材や骨肉樹ごと吹き飛ばす。障壁のお陰で奇跡的に助かったキミタロウは、慌てて離れた位置へ飛ばされ倒れ伏す主の元へ駆け寄っていく。
「主っ、我が主っ! 御無事ですか、我が主シフよっ!」
「おう。無事も無事、この通りピンピンしてんぜぇ」
軽快に立ち上がってみせたシフは、容姿不相応とさえ思える程活気と希望に満ち溢れた笑みを浮かべ、魔力エネルギーが飛んできたであろう方角を向き言い放つ。
「よう姉ちゃん、消耗してる相手に不意打ちは構わねーが、ちィとばかし火力がエグ過ぎやしねぇかい?」
「馬鹿言わないで下さい。あんたら見かけによらずしぶといじゃないですか、このくらいの火力でもなきゃこっちが死にますよ」
冗談めかしたシフの発言に、彼と交戦する魔術師・清水香織は表情一つ変えずさらりと言い返す。それに続いて『列王の輪』に宿る精霊の一柱・アメイウスが侮蔑的に囁く。
《いやはや、全く持って清水の言う通りよなぁ。貧相で薄汚い見て呉をした猿や鼠の分際で生意気な……》
「生意気とは言ってくれますね。貴方だって実体もない精霊――所詮は数式で繋ぎ合わされた魔力の塊でしょう?」
《ハッ、何とでも言うがよいわ。どの道汝らには万に一つの勝機もない。仮にあったとして、汝らがそれを掴み取らんとする刹那にも我らが眼前にてそれを粉々に踏み砕くまでだ……清水よ》
「はい、何よ?」
《これよりこの真龍帝アメイウスの力――『アッヴェント・ティラトーレ』の使用を許す。何を出し、何を使おうとも構わぬ。汝の気の赴くまま、眼前の猿と鼠を塵へと返すがよい》
「(つまり『自分が担当してる形態で戦え』って事よね……燃費悪くて正直こんな序盤じゃ使いたくないんだけどなぁ……ま、いっか)はいよ。なら存分に使わせて貰うよ。あんたの力を、さ――起動要請、『アッヴェント・ティラトーレ』」
《Open up-Iron Arrow》
香織の要請に伴い機械的な音声が鳴り響き、足首に装着された列王の輪が素早く展開。
瞬時に西洋の有翼竜を思わせる黄金の鎧へと変形し、香織の全身を覆い尽くす。
この形態こそ真龍帝アメイウスの力を宿す鉄側のティラトーレこと『アッヴェント・ティラトーレ』である。
「ほぉ、それが『列王の輪』の真髄か! こりゃ楽しくなりそうだなぁ!?」
「笑っている場合じゃありませんよ、我が主シフ。あの鎧、ただ派手なだけじゃないようですし」
「そりゃそうだろうがなぁ、ともかく当たんなきゃどうって事ぁねーだろ」
次回、バトルは加速の一途を辿る!
(注意:それぞれの配下についてはさほど掘り下げません)