第十話 FLEA SLAYER
(我が家の飼い)ネコ(についてる)ノミ死すべし、慈悲はない。
―解説―
ルジワン・バサイは言った。『自分はフェリキタス島に必要不可欠な、無敵で不死身の男である』と。
その言葉は勿論、この知能指数から作中での地位に至るまであらゆるものが絶望的なまでに低い粗大生ゴミによる誇張に過ぎないのであるが、然し完全な虚偽でもなかったりするのでややこしい。というのもバサイは『無敵』でこそないが一応『不死身』ではあり『フェリキタス島(を拠点として活動する蝿帝軍)にとって必要不可欠』でもあると言えるのである(この事もあり、他の配下達はバサイに手を下すことができないのである)。
何故ならば彼は『常に不老不死であり続けることができる』という何ともインチキじみた固有能力を持って生まれてきているのである。更にその固有能力は彼のみならず蝿帝を含む全ての蝿帝軍関係者にも不老不死の肉体或いは無限の寿命と生命力に等しいものを分け与える。事件発生当日、恩師に仕えるイモリの執事こと列島が魔術で殺した筈の骨肉樹が恐るべき速度で再生したのもバサイの能力によって不死性を与えられているが為なのである。ともすれば彼を殺せば能力は止まるわけだが、そもそもバサイ自身もほぼ完璧なまでの不死性を得ているためそれはまず不可能と言ってよい。
但し、だからといって弱点らしい弱点がないというわけではない。というのも、バサイの持つ『不老不死でありまた不老不死とする固有能力』の根源たりえるものとは、厳密に言うと彼の肉体ではなく、彼の体内に埋め込まれたゴルフボール大の赤い結晶なのである。故にこの結晶を取り除き破壊すれば彼の能力は失われるのであるが、然し(保有者曰く『蚤の象徴を持つ0番目にして全てを上回る最強のヴァーミン』であるという)『ヴァーミンズ・ゼロ フリー』の破殻化によって凄まじい脚力を得た彼は肉眼での目視が困難なほどのスピードを得るに至る。
と言うような事を、あの後バサイは繁に何時も通りの口調で自慢げに話して聞かせた(その意図は恐らく――というより確実に、繁が自分に勝つことなど有り得ないのだと確信していたが故の行動であろう)。
―前回より―
「っぐ、クソ……」
「さて、ざっとこんなもんか」
然しながら彼の"確信"が、確信とは名ばかりの"意味も根拠もない単なるバカげた妄言"に過ぎなかったのは言うまでもない。前回以後すぐに破殻化を行ったバサイは二足歩行する身長1.4m程の巨大なノミそのものの姿となり繁に襲い掛かる。その動きは確かに素早く、目視は困難であった。だがあくまで"跳躍"を軸とするものであるため動きは極めて直線的であり柔軟性など毛ほどもありはしない。よって少しでも慣れさえすれば軌道を読み取ることなど容易く、行き先へ配置するように爪牙虫の波動を撃てば自ら当たりに行ってくれさえする。ともすればバサイが立ち上がる事さえ不可能な程にまで弱体化するのにそう時間はかからなかった。
「は、はぁっ……何でだ、何で俺が、こんなこぼぐはっ!?」
倒れ伏したまま起き上がることもできないバサイの身体へ、繁は容赦なく溶解液の塊を落としていく。彼を動けなくした上でその肉を抉り、体内に存在するという『赤い結晶』を探しているのである。身体の至る所が抉られるように溶け爛れ、その度にバサイは血反吐を吐きながら悲鳴を上げる。だが当然彼が死ぬことはなく、抉られた傷口の細胞はすぐさま損失を補おうと動き出す。
「ふぎ、あぎゃ、ぐば、げべら、おぼぉ!?」
「体内ってなぁ、具体的にどこだよ……おい、お前の言う赤い結晶ってなどこにあるんだ?」
「っは、げぶぅ! そんなん、言えっかば――「一丁前に強者ぶんなバぁカ」――ぶげべっ!?」
幾ら探しても赤い結晶が見つからないことに腹を立てた繁は、一旦溶解液を落とすのをやめバサイの側頭部を乱雑に蹴り飛ばす。その一撃はバサイの頸椎をへし折り頭蓋骨にも亀裂を入れたが、その傷さえ彼の不死性には敵わず修復が始まってしまう。
「ええい、めんどくせぇがしょうがねぇ。こうなりゃ自棄だ畜生が――フヴェあッ!」
脱力気味な様子の繁は、深く息を吸い込み口から先ほどの五倍以上もあるような溶解液の塊を吐き出した。放物線を描いた塊はバサイのほぼ全身を溶かしていくが、なぜか頭の半分だけは残ってしまう。
「あり、っかしーなぁ……ちゃんと全部消し去るように溶かした筈なんだが――「へぇーははははは! ずわあーん念だったなーヘッピリ野郎ぉ! 俺様の不死身の力が、物体を丸ごと消し去るよーな攻撃にやられるようなカス能力だとでも思ったか!? だとしたらてめーはとんだ道化だぜっ! この不死の能力は、常に俺様の身体が完全に無くならねーように、何時でも腕一本なり頭の半分なりを残しておくようにできてんだよ! ついでに俺の身体ん中にある結晶てのは、俺様の身体ん中を自動的にワープして、常に身体の外へでねーようになってんだ! だからてめー如きが俺様を倒すことなど永遠にできゃしねーのさ! 見ろよ今の俺様を! さっきまで頭の半分ぐれーだったのが、もう首の辺りまで治ってきてるぜー!? このまま行きゃ、あと五分もしねー内に俺様の身だばぎゃぶっ!?」
刹那、転がっていたバサイの頭が繁によって踏み潰される。
「あ゛っ! ぐあ! て、てめげっ! この、やろおごっ!」
「……あと五分もしねー内に、何だ? 『お前は負ける』ってか?」
「いっ、ぎぎ、ぎぎぎい――がばあー!?」
潰れた頭を踏みにじり、繁は器用にバサイの頭の中へ埋まっていたゴルフボール大の赤い結晶(もとい、蝿帝軍を支える不死性の根源)を器用に取り出し、潰れた状態からも再生しつつある頭を用済みとばかりに蹴飛ばした。
「もしそんな事を言おうとしてたんなら……その言葉、そっくりそのままお前に帰してやらぁ」
「っ、ぐご……イキってんじゃねぇぞクソ眼鏡! 俺にかかりゃ、そんなもん取り返すぐれーわけねんだぜぇ~!?」
「そうかよ。なら取り返してみろや、まだ両肩も再生できてねぇその身体で――」
未だ強気なままのバサイを尻目に、繁は結晶を片手で軽く弄びながらコンクリートの壁に向かって立ち――
「よッ!」
――手に持った結晶を、ただ力一杯壁へ投げつけた。
すると当然、結晶は飴ガラスか氷のように砕け散る。
「っが、あ! な!? そんな……バカ、なぁぁああああ!? ……結晶が、俺の力の根源が……そんなアホみてーな方法で……バカな、バカなぁぁぁぁぁぁぁ!」
結晶が砕かれた途端、何とか肩や胸辺りまでの再生が終わっていたバサイが突然苦しみだした。よく見れば再生は止まっており、体組織がグズグズに崩れ始めている。能力を失った反動が強すぎたのである。
「あ、あ、あああ、ああああああ! ああああああ! あああ、あああああ!」
「何だお前、急に"あ"しか言わなくなりやがって。一昔前の荒らしか何かか?」
繁はバサイに嘲りの言葉を投げかけたが、その言葉ががバサイに届くことはなかった。彼の細胞は既にその半分近くが根底から破壊されており、聴覚などはとっくに機能を停止してしまっていたのである。
「……散々自分を最強だの無敵だのと言ってきた奴の末路がこれかよ。哀れなもんだなオイ」
そんな事を呟きながら、繁はそそくさとその場から去って行った。一方のバサイはその後一分半ほどわめき続けたが、その声に気付いて誰かが助けに来るという事などある筈もなく、一人寂しくその生涯に幕を閉じたのであった。
尚、これは完全なる余談な上に、恐らくほぼ全ての読者は気付いているであろうから今更解説することさえない事柄であるが、バサイの言う『ノミの象徴を持つ0番目のヴァーミン』などというものは、彼個人が(根も葉もない付け焼刃の大嘘と、油性マジックの落書きと、五歳児向けの訓練用幻術装置と、安物の跳躍用西洋竹馬を組み合わせて)作り上げた全くの虚構であり、元より存在するわけはないことをここに書き記しておく。
※骨肉樹の皆さんは空気を読んでくれたようです(もしかしたら彼らさえバサイを嫌っていたのかもしれません)