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捨て台詞とともにあいつの部屋から立ち去って早三日。あいつのそばにいなきゃならないと思っているけれど、いつもの鈴の音が聞こえてこない。だから行こうにも行けない状態なのだ。
生まれてから一度だってこんなに離れたことはない。あいつはあたしの体力を毎日摂取しなきゃいけないのに、こんなに離れて大丈夫かと思う。だけど……あんなことを言った手前、行き辛い。
自分の部屋で無意味に歩き回る。あの晩、死ぬほど全力疾走したというのに、あたしの体は疲れを知らないのか多少のだるさはあるもののいつもと変わらない。定期的に部屋の前に置かれるご飯も残さず食べているし、あの晩のことは夢か何かとも思ってしまう。
でも、あいつにされた仕打ちは心の傷として消えずに残っている。あいつはあいつの糧であるあたしの体力を減らしてまで、あたしを苛めたかったのだ。きっと陰で眺めてせせら笑っていたのだろう。
あいつにどうしてそこまで嫌われてしまったのだろう。やはり、ただの人間風情が神様のあいつに名前をつけたのが原因だろうか。
「せつな、何をしている?」
ふと、襖の奥から声が聞こえた。
襖をあけると、怪訝な顔をしたおじいちゃんが立っていた。
「この時間に瑞月さんのお側にいないとは、何かあったのか?」
おじいちゃんはあいつのことを瑞月と呼ぶ。この母屋はあたしとあいつと少しの使用人しかいないから、おじいちゃんとあうのは久しぶりだ。
「いや、ちょっと……」
「なんだ。またお前なにかでへそを曲げているのか。瑞月さんも難儀だなぁ、こんなじゃじゃ馬だと心配で気も休まらんだろうに」
「気が休まらないのはあたしのほうだよ。あいつあたしのことを苛めるのが生きがいなんじゃないかな」
「何を馬鹿なことを!瑞月さんは一昨日もお前を助けるために……」
……え?
「一昨日……?昨日じゃ……」
「お前は丸一日眠りこけていたんだよ。誰も入るな、とおっしゃった瑞月さんと二人きりで瑞月さんの部屋にこもったままな」
……それはいったい……どういう……?
―――あの晩、侵入者の気配を感じた瑞月さんは、われらの制止も顧みず、自らお前を探しに出たんだ。こちら側もどこから侵入者が来たか、躍起になってたから、お前のことは瑞月さんに任せたんだ。数分後お前を抱きかかえて戻ってきた瑞月さんは侵入者が川の近くで眠りこけているから捕まえろとわれらに命じてな。……それにしてもお前はどうしてそんなにピンピンしている?あの晩ちらと見えたお前は瀕死の状態だったというのに。
―――おじいちゃんの言葉は、理解するのに時間がかかった。
……あたしから体力を摂取する、ということは、逆も可能なのではないだろうか。あいつの少ない体力をあたしに分け与える、そうすることであたしが一六まで生きてこれたのではないのだろうか。あいつから体力を分け与えられないとしても、あいつは故意的にあたしから体力を摂取しないであたしをここまで生きながらえさせたのではないだろうか。
だとしたら、あたしがこうして寿命を長くしているかわりにあいつが臥せる時間が増えたことに説明がつく。―――あいつは、あたしから、体力を摂取していないのだ。
どうして?
なんで?
あたしはほかの色の無い人間と同じように、体力をあいつに与えて天寿を全うしたい。
あんたは、あたしのことが嫌いなんでしょう?
どうしてあたしを生かすの?
「ちとせ!!」
あたしはあたしがつけた、あたしにふさわしい、あいつの名前を呼んだ。