表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6


 ―――物心がついて間もないころは、あいつは優しかった。後ろをついて回るあたしと、よく遊んでくれたものだ。手と手をつないで廊下を歩き、とりとめのない話をした。下から見上げたときに唯一見えるあいつの口元は、いつも微笑んでいた。


 せつな、その言葉をあいつの口から聞いたのはいつまでだろう。……そうだ、あいつに名前を聞いた時だ。


 あいつは寂しげに名前なんてものはない、と言ったんだ。川の神様なんだから名前は瑞月ではないのか、と問いかけて。

 村に作物という瑞祥ずいしょうを与え、月が水底にあるようにまっさらな川であるから、なんて昔の村人が呼び始めたのがきっかけであって、儂の名前ではない、と。

 だが儂はそれでもいい、とも。

 あいつは名前がないことを寂しくは思うけれど、村人がつけてくれた瑞月川という名があるからいいのだ。

 納得はしたものの、あたしにはあいつに瑞月はふさわしくないとも思った。

 あいつのことをみんなはまっさら―――白と形象する。たしかに見た目は白だけれど、あたしには透明に見えた。


 だから、名をつけたのだ。

 あたしだけのあいつの名を。



 ……それからだ。あいつがあたしを嫌いになり、優しさを隠し始めたのは。











「……起きたか、鈍間」

 ぼんやりとした視界の中、見覚えのある木の目に白が重なっていた。

「……あれ、あたし……」

 ―――どうやらここは、あいつの部屋のようだ。

 あれ、あたしは足を滑らせて川に落ちたんじゃ……。


 首を動かし、この部屋の主を見つめる。いつものように狐の面で感情が読み取れなかった。

「貴様は本当に愚図で頓馬で鈍臭いな。なぜ川に行ったんだ。母屋に来ればよかったものを」

 あ……確かに。

「与一が林の手入れをしていなかったら貴様は死んでいたな」

 与一……おじいちゃんがあたしを助けてくれた……?


 あたしの煮え切らない態度にあいつはため息をつく。

「貴様の脳は最低限の機能すらも失ったのか、単細胞。まさか儂が仕掛けた遊戯をあそこまで間抜けにこなすとは、片腹痛い」

 ……ん?遊戯?

 あたしはがばりと布団から飛び起きた。くらりとめまいがするも、布団の横にいるくそ神に目を向ける。

「ちょーっと待って。遊戯?なにが?」

「どうしたいきなり目を向いて。ない目がただ貧相に見えていっそすがすがしい」

「う……うるさいなってそうじゃなくて!!もしかしてあの侵入者、あんたがけしかけたの?!」

 だるそうな雰囲気をまとっている神は、無言を貫き通す。それは肯定したも同然で。

「最っ悪!!あんたそれでも神様?!」

 ―――そうだ。こいつは荻野目の領地に結界を張っている。侵入者がいたらすぐわかる結界を。……部外者が侵入したことを理解した上で、こいつは見過ごしたのだ―――あたしを苛めるために。


 急に涙があふれてくる。こいつは…そんなにも……。


「あたしが嫌いなら嫌いってひとこと言えば済むじゃない!なんでこんな回りくどいことするのさ!!あんたなんて……あんたなんて大嫌い!!」





 ―――あたしはただ、あいつと一緒にいたかった。ずっと、ずっと。

 ……刹那の日々より、ずっと。



 あいつがあたしのことを嫌いになったとしても、あたしは。


 あたしはずっとあいつのことが、大好きだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ