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 とはいえ、体力皆無なあたしは、少しだけ歩いただけで息が切れてしまう。ただでさえあいつの部屋に行くだけで息が切れてしまうのに、あたしの部屋とあいつの部屋は角と角にあるんだから元から一分で行くなんて不可能なのだ。


 だから外出は林を少しだけ入ったところにある大きな岩まで歩き、あとはその岩に座りながら歌を歌う。

 滅多にない一人きりの時間だから、思いっきり歌う。

 なのに。


「お嬢ちゃん、きれいな歌声だねぇ」


 ……どうやら今夜は先客がいたらしい。










 折角あいつに土下座までしてとった外出許可なのに、なんであたしは一人きりじゃないんだろう。


 目の前にはスーツを着たおじさんが一人。あたしの定位置である岩の陰からひょっこりあらわれた。

 この林は荻野目家の領地である。このおじさんはあたしのことお嬢さんっていうくらいだから、荻野目家の人間ではない。

 そうであるなら、なぜここに部外者が?


「へぇ、あの噂は本当だったんだな。本当に髪の毛が真っ白で瞳が真っ赤だ」

 おじさんはあたしを舐めるように見つめる。その視線にぞっとしたあたしは、岩から飛び降りて彼から距離を取る。

「そんな警戒しなさんな。別にお嬢さんをとって食ったりしないよ」

 ……俺は。


 小さく続けられた言葉に、やばいと思った。

 あたしの教育係は今どきの若者言葉が気に食わないらしいけれど、あたしはテレビや小説で様々な若者言葉を学んだ。今のこの状況は、マジでヤベェ、である。


 あたしのこの容姿は、村の人間以外には高く売れるらしい。だからたまにこうやってあたしをさらって高く売りつけようとする馬鹿な輩が来るのだが、荻野目家の人間がそいつらを侵入させないように厳重なバリケードをこの領地に張っている。

 それに加えて、あいつの微力な結界を張っている。荻野目家以外の人間が領地に侵入したらわかる結界を。

 つまり、この部外者は、そのようなバリケードと結界を掻い潜ってきた、ということ。


「……荻野目せつなちゃん、俺と一緒に来てくれるよね?」

 こちらにおじさんの手が差し出される前に、あたしは地面を蹴った。


 あたしの体力は皆無。対するおじさんは男で体力もあるだろう。だから捕まるのは時間の問題だけれど、あたしにしか通れない道ならどうにかなるかもしれない。


 あたしは川沿いを目掛けて走り出した。川の近くはあたしの定位置である岩など比べものにならないほどの岩がごろごろある。一度は枯れてしまったものの、ちょろちょろと少しずつ水が流れている。

 岩と岩の間を掻い潜ると、おじさんの気配が薄くなってきた。どうやら撒けたようだ。


 久しぶりに全速力で走ったせいで、喉から変な音がしている。ひゅーひゅーとどこか間抜けな音をたてている喉を抑えつつ、あたしは岩に寄り掛かった。


 あいつの大事な体力、大分減っちゃったな。これであいつにあたしの体力あげたら、さすがのあたしも死んじゃうかもな。


 あたしのような色の無い人間は、代々早死している。平均して十いくかいかないかが今までの平均だった。

 初代の色の無い人間である村長も、あいつに『力』を分け与えてすぐに亡くなったそうだ。


 だから、あたしが一六も年を重ねることが出来たのは、奇跡だといわれていた。両親もあたしが色の無い人間だと知った際に、あたしに『せつな』という名前をつけたくらい将来を嘆かれたのに、こうしてあたしは生きている。

 あいつの傷が治ってきたとか、あたしの体力が異常だとか言われているけれど、結局のところ答えは出ていない。

 ……そんなあたしも、ここまでかな。


 遠くなる意識の中、おじさんの気配が濃くなったことに気付いた。ちらりと後ろをみると、にやけているおじさんがこちらに近づいてくる。

 あたしは無理やり足を動かした。


 あたしが死んだら、次の色の無い人間が生まれるまであいつは瀕死の状態になってしまう。

 今までのあたしの立場だった色の無い人間は、あいつがある程度回復してから亡くなっているのだ。

 あたしを苛めているけれど時折臥せっているあいつはまだ回復していない。そんなあいつに『あたし』がいなくなったら……。



「捕まえた」


 左腕をとられたあたしは、その腕を振り払おうとして。


「ちょ、やめろっ、待て!」



「……あ」


 ―――水の張っていない川底へと、足滑らせた。





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