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白くてさらさらな髪の毛はあたしのそれとは違って光が当たるたびに色を変える。
顔には常に狐のお面をかぶっているから、どんな顔つきをしているのか知らないけれど、おじいちゃんがいうにはそれはそれは美しいらしい。
服装は一見白装束に見えるけれど、赤い足袋と裾に結わえつけられている赤い紐で独特の美しさを醸し出している。片足を立てて座っているものの、すらっとした体型は容易に見て取れる。
噂の神様は外見だけは完璧である。……しかし。
「儂になにか言うことはないのか、うじ虫。貴様を待つために儂は時間を割いてやったのだぞ?」
「……ごめんなさい」
「ほう、貴様は儂を見下ろして儂に謝罪するのか。随分と反省の余地を感じないな」
「……」
む・か・つ・く!!
鬼退治をしてくれた優しい神様はなりをひそめ、今やあたしを口でいびる嫌な奴に成り下がった。
お面の下からのぞく口元は、あたしをいびることに愉悦を感じ、三日月に湾曲している。たった数秒遅れただけで神様は―――いや、こいつはあたしに土下座を強要させているのだ。
あたしだって心のある人間。無意味な土下座をホイホイとやってのけるほど腐ってはいない。ここはひとつあいつをあっと言わせる強烈な一言を……。
「早く儂に跪け。許しを請え。さすれば今夜の外出を許してやらんこともないぞ?」
「ごめんなさい許してくださいあたしが悪かったです!!」
決め手は今夜の外出だった。気が付くとあたしは華麗な土下座を奴の目の前で披露していた。
頭上に聞こえたのは面白くて仕方ない、という神様の笑い声だった。
あたしには色がない。それに体力もない。
神様は一六年前に傷が開いて弱体化し、それを補うために村長の家系である荻野目家にあたしが生まれた。この家にある伝説と同じく、あたしは色素を持たずに生まれた。先祖が与えた『力』というのは体力のことであって、あたしの体力を神様に分け与えたものだから、生まれつきあたしは体が弱かった。
荻野目家の人間から『力』を分け与えているから、神様は荻野目家に腰を据えている。あたしのような色の無い人間のそばにずっといたらしい。
神様はむしろあたしに感謝の一つくらい言ってもいい立場なのに、気が付くとあたしは神様の下僕のような扱いになっていた。
神様は何も摂取しない。その代り、あたしから体力を摂取する。だから一日の大半はあたしは神様のそばにいなくてはならないし、それが先祖代々の掟だった。
掟に縛られるのも嫌だったし、あたしのことを嬉々として苛める神様の近くにいたくないと思うのは当然のことであって、太陽が出ていない夜に外出するようになった。
外出に伴うあたしの体力は、神様の糧であるから、いつも外出の許可を出すのは神様だ。
外出といっても、荻野目家の領地である林を歩くくらい。街に出るなんてことはしない。だけど、荻野目家からの掟と、神様から解放されて一人で出歩くことが出来る外出は、あたしにとってなにものにもかえ難い大切な休息の場なのだ。
なるべく自分の糧であるあたしの体力を減らしたくないと望む神様は滅多に外出を許可してくれない。だからこそ、あたしは、外出という魅惑の言葉が、なによりも弱いのである。