預言者に宣告された死を回避したいハイエルフ
「エルフの貴方、死相が出ているわ」
立ち寄った占いの館で、突然そう告げられた。
市井の占いとやらに寄ってみたのは興味本位。
だが、これほど不愉快なものだったとは。
私はかれこれ二千年近く生きている。
それなのに死相と言われても、正直なところ実感がない。
「私はこれでもハイエルフでね。君みたいな占い師に何が分かるというのか」
ハイエルフは半精霊のようなもので、多くの者に崇められている。
神にもっとも近しい存在だ。
この胡散臭い占い師は、そのような常識も知らないのだろう。
私が席を立とうとしたら、占い師の女が口を開いた。
「娘が生まれるのですね」
「あぁ、イマーニと名付ける予定だ」
「それだと……その娘も死にますよ」
妻のお腹の中には子供がいる。
つい先日、娘だと判明して喜んだばかり。
話の続きが気になり、再び腰を下ろす。
「娘が死ぬとは一体どういうことだ? 何が起こるというのだ?」
フードを深く被った占い師の顔はよく見えない。
「何が起こるかは分かりません。ですが……貴方の名前が見えるのです」
「私の名前だと?」
やはり怪しい女だ。
名前で一体何が分かるというのか。
「女」
脅しもかね、声を低くする。
「死相が出ていると言っていたが、私が死ぬことなどあり得ない」
「いえ、もう物語が始まっています。その命、いつまで持つか分かりません」
「物語? 何を言っている?」
フードの奥にうっすらと見える赤い瞳。
その瞳に浮かぶのは諦観めいた色だ。
「詳しく話せ」
しかし占い師はゆるく首をふるだけ。
「貴方の名前は、もう手遅れなのです」
「妙なことを言うな!」
思わず語気を強めてしまった。
下賤な人間種と同じところに立つわけにはいかない。
私は襟元を正す。
「私のジョバンニ・シノーネという名前が何か問題なのか?」
「はい、とても恐ろしい名前です……貴方の死は揺るぎない事実」
女の声には怯えが感じられる。
私というより、私の名前に恐れをなしているようにも感じた。
「女。物語が始まったとも言っていたな? 始まるとどうなる?」
「貴方が死にます」
「それには私のジョバンニ・シノーネという名前が関わっている?」
占い師はしっかりと頷いた。
しかし、死という現実は受け入れられない。
もうすぐ娘も生まれる。
どうにかして未来を変えられないものか。
「私が死ぬのは天災か? それとも誰かに害されるのか?」
「分かりません」
「だが、死ぬのは確定していると?」
「そうです」
嘘だと突っぱねたい。
なのに、淡々と語る彼女の声を否定することができない。
「私は今まで神に愛されていた。これほど愛される私がもうすぐ死ぬだと?」
フードを取るつもりで手を伸ばす。
すると占い師が身を引いた。
「その神に殺されるのです」
「なんだと?」
私は神と対話をしたこともある。
何度も神に命を救われてきた。
そのときにも告げられたのだ。
──《ジョバンニ。君が死ぬことはないよ。主人公が現れるまではね》
そうか。あれが予言だったのか。
私は伸ばしていた手を止め、力強く拳を握りしめた。
「シュジンコウという存在が私を殺すのだな!」
ならば、やることは単純だ。
「そのシュジンコウを先に殺せば、私が死ぬことはない! 違うか!?」
「違います。貴方を殺すのは神です。それから、貴方に主人公は殺せません」
「なぜだ!?」
憐みの目を向けてくる占い師の女。
「神が許さないからです。主人公を殺すことも。貴方が生き長らえることも」
「信じられん! 何か! 何か救いは無いのか!?」
占い師が視線を外し、しばらく考えるそぶりを見せた。
「……一つだけ、死を回避する方法がございます」
「聞こう!」
彼女から耳打ちをされ、唯一の回避方法に驚愕する。
「そ、そんなバカな。私は妻を愛しているのだぞ」
提案は、到底受け入れられるものではなかった。
「では、娘さんも諦めますか?」
◆◇◆
数年後。
私はまだ生きている。
占い師の要求は……人間の家に婿入りすること。
その屈辱的な提案を、私は受け入れた。
娘と共に生きる未来を。
ただそれだけを願って。
婿入りした後、神からの御告げもあった。
──《そうきたか。ならジョバンニを殺すのは止めておくよ》
ゾッとした。
神が私を殺そうとしていたことに。
その世間話でもするかのような口調にも。
だが、娘と共に生き、時間を共有している。
私は幸せだ。
「パパ~! 今度キャラバンに連れてって!」
「あぁ、いいとも。愛しいダーカラの望みは何でも叶えよう」
占い師に言われるまま、娘の名前も変えた。
念には念を。娘の命を守るため。
そう言われ、受け入れた。
「お前の言うようにして良かったよ」
その占い師は私の妻となっている。
人間種との結婚なぞ吐き気がすると思っていたが、今では感謝しかない。
「ジョバンニ。商談をまとめてくるのが先ですよ」
「分かっている。シナネーノ家のためにしっかりと働いてくるとしよう」
婿入りし、私はジョバンニ・シナネーノとなった。
娘のダーカラ・シナネーノと過ごす時間を大切に思うただの父親だ。
「そうそう、シュジンコウが魔王に挑むそうだ。私にはもう関係ないがな」




