第18話
皇太后の茶会の日が、やってきた。
ローザは、皇太后の宮を訪れた。手入れの行き届いた庭園に面した一室に、上品な茶器が整えられている。一見すると、穏やかで優雅な茶会の支度だった。
けれど、ローザは気を引き締めていた。あの皇太后が、ただの茶のために自分を招くはずがない。穏やかな場であればあるほど、その下に何かが隠されている。そう、自分に言い聞かせて。
「ようこそ、皇妃様」
皇太后アマーリエが、たおやかに微笑んで迎えた。
年を重ねてなお美しい、気品に満ちた女性。けれど、その微笑みの奥には、底の知れぬ冷たさが沈んでいる。ローザは、緊張を悟られぬよう、穏やかに礼を返した。
茶会は、和やかに始まった。
皇太后は、ローザの公務の評判を褒め、宮廷での暮らしを気遣い、優しい言葉をかけてくる。だが、その合間に、ふと探るような問いが混ざった。
「皇妃様は、薬草にお詳しいとか。それは、どちらでお学びに?」
「アーベライン家では、皆さま、そうした嗜みを?」
巧妙な問いだった。一つひとつは何気ないが、ローザの素性を、少しずつ確かめようとしている。ローザは、慎重に言葉を選びながら、当たり障りなく応じていった。
深く答えれば、ぼろが出る。浅く答えれば、不審を招く。その細い境目を、ローザは綱渡りのように渡っていった。皇太后の問いは、いずれも柔らかな口調に包まれているだけに、なお油断がならなかった。
やがて、皇太后が、自ら茶を勧めた。
「さあ、皇妃様。私の宮自慢の茶でございます。どうぞ、召し上がって」
侍女が、ローザの前に、一杯の茶を差し出した。
ローザは、その茶碗を手に取った。
そのときだった。立ちのぼる湯気の香りに、ローザの神経が、ぴくりと反応した。
茶の芳香に、わずかに――ごくわずかに、混ざるものがある。
ローザは、悟られぬよう、茶碗を口元へ運ぶふりをした。唇に触れるか触れないかの、ほんの少しだけ、舌の先で味を確かめる。
舌先に、かすかな痺れ。
間違いない。この茶には、何かが盛られている。
ローザの背筋が、ぞくりと粟立った。
毒、というほど致死的なものではない。だが、確かに異物だ。おそらく、軽い不調を引き起こす程度の。試されているのだ。本物の薬草の心得があるのか。あるいは――何の警戒もなく、これを飲み干すただの令嬢なのか。
もし、これがヴィオレッタ本人なら、何の疑いもなく飲み干していただろう。皇太后は、それを試している。皇妃の正体に、すでに何らかの疑いを抱いているのかもしれない。そう考えると、背筋が冷えた。
皇太后の視線が、じっとローザに注がれている。穏やかな微笑みの裏で、その目は、獲物を見定める猟師のように鋭かった。
ここで飲めば、おそらく体調を崩す。だが、飲まずに茶碗を置けば、なぜ飲まないのかと疑われる。気づいたことを、悟られてしまう。
どちらに転んでも、罠だった。
ローザは、わずかな間に、頭をめまぐるしく回転させた。
香りと、舌先の痺れ。その二つだけで、ローザは、混ぜられたものの正体を、おおよそ見抜いていた。それは、苦味の強いある薬草で、少量なら害は薄いが、特有の匂いを持つもの。母の薬草書に、何度も記されていたものだった。乾燥させた葉を、こうして茶に混ぜると、独特の痺れを舌に残す。間違いない。
ならば――打つ手は、ある。
ローザは、静かに茶碗を置いた。そして、穏やかに微笑んだ。
「まあ、見事なお茶ですこと。けれど、香りに少し、珍しいものが混じっておりますね」
皇太后の微笑みが、わずかに、固まった。




