第5話:無彩色の登校、冷徹な支配者
朝の光は、残酷なほどに全てを暴き出す。
昨日までの「幽霊」としての静寂は死んだ。 全校生徒の視線が突き刺さる中で、私の手首を掴む指先だけが、この世のものとは思えないほど凍てついている。
「彼女は、僕のものだ」
その言葉は救いか、それとも新たな地獄の始まりか。 完璧な王子の支配が、今、放課後の教室を支配する。
朝の光は、私にとって常に暴力だった。 すべてを白日の下にさらけ出し、隠しておきたい灰色の輪郭を際立たせる。 校門をくぐる足取りは重い。右隣にいる弟の影が、私の裾を小さく引っ張っているような気がした。
(……大丈夫、いつも通りにしていればいい)
そう自分に言い聞かせた瞬間、校門付近の空気が一変した。 喧騒が止まり、波が引くように道が開く。
「おはよう、栞」
背後から届いたその声は、驚くほど透明で、そして毒のように甘かった。 振り返ると、そこには完璧な笑みを浮かべた阿久津 蓮が立っていた。 朝日を背負う彼の姿は神々しいほどだ。けれど、私の目には、彼の影が怪物のように長く伸び、校庭のコンクリートを黒く染めているのが見えていた。
「れ、蓮くん……?」 周囲の女子生徒たちが息を呑む。 蓮は当然のように私に歩み寄り、冷たい指先で私の手首をさらりと掴んだ。
「行こうか。昨日言っただろ、一緒にいようって」
その瞬間、無数の視線がナイフのように私に突き刺さった。嫉妬、困惑、そして蔑み。 彼に引かれるまま歩き出すと、世界から音が消えた。私を囲んでいた「家族の影」たちが、蓮の圧倒的な闇に圧し潰され、霧散していく。
教室に入ると、さらに凄惨な沈黙が待っていた。 教壇の近くでたむろしていた大樹が、顔を引きつらせてこちらを見ている。
「おい……マジかよ、蓮。本当にその『幽霊』を連れて歩くのか?」
大樹の震える声に、蓮は立ち止まった。 彼は私の肩を抱き寄せ、冷たい視線を大樹へと投げる。その指先の温度は、昨日よりもさらに凍てついているように感じられた。
「大樹、約束は守るものだよ。彼女は僕のものだ。これからは、指一本触れることも許さない」
蓮の言葉は、愛の宣言などではない。それは、獲物に対する「所有権」の主張だった。 大樹は何かを言い返そうとしたが、蓮の瞳の奥にある底なしの淵を見て、言葉を飲み込んだ。
私は、彼の隣で立ち尽くす。 蓮の体温が触れている場所から、じりじりと「死」に似た冷気が伝わってくる。 彼は私を守っているのではない。私を檻の中に閉じ込め、誰の目にも触れない場所に隠そうとしているのだ。
窓の外では、今日も灰色の雲が流れていく。 色彩を失った私の世界に、阿久津 蓮という真っ黒な絵の具がぶちまけられた。 それが救いなのか、それとも終わりの始まりなのか、今の私にはまだ分からなかった。
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