第3話:裏庭の密約と、冷たい指先
差し出された救いの手は、氷のように冷たかった。
静寂を切り裂く「王子」の告白。 嘘で塗り固められた関係の裏側で、彼が私を見つけた理由。
放課後の裏庭。そこは、もう一つの地獄への入り口だった。
「……いいよ」
私の口から漏れたその言葉は、静まり返った教室で、まるでガラスが割れるような鋭い響きを持って落ちた。
「……え?」
大樹の口から、間の抜けた声が漏れる。彼だけじゃない。健二くんも、周囲でニヤニヤと見物していた生徒たちも、時間が止まったかのように固まっていた。
「今、なんて言ったんだ? あの幽霊女……」 「『いいよ』って……嘘だろ? 正気かよ」
ざわざわと不快なノイズが広がり始める。 でも、私の目の前に立つ蓮だけは、微動だにしなかった。 彼の背後に渦巻くあの漆黒の影が、私の足元まで伸びてくる。それはまるで、冷たい泥の中に引きずり込まれるような感覚。
「……ありがとう。嬉しいよ、小鳥遊さん」
蓮が再び口を開いた。その声には、先ほどまであったはずの「音楽のような響き」が消え、ひどく乾燥した響きだけが残っていた。 彼は一歩踏み出し、私の机に冷たい指先をついた。
「じゃあ、放課後に裏庭で。……話があるから」
彼は私の返事を待たずに、くるりと背を向けた。 その背中は、完璧な王子のそれだった。けれど、私には彼が、何万人もの重荷を一人で背負って歩いている囚人のように見えた。
「おい、待てよ蓮! 本気かよ!?」
我に返った大樹が、苛立ちを隠せずに蓮の肩を掴もうとした。 その瞬間だった。
蓮がゆっくりと首だけを動かし、大樹を振り返った。 その瞳には、光が一切なかった。
「……大樹。君が望んだことだろ? 僕は君との賭けに勝った。だから、邪魔はしないでくれるかな」
「っ……!」
大樹が息を呑み、思わず手を引いた。 暴力の化身のような大樹が、恐怖に顔を歪めている。彼には見えていないはずだ。蓮の背中から立ち上がる、あの巨大な、すべてを焼き尽くすような黒い炎の影が。
大樹は震える唇で「……チッ、勝手にしろよ」と吐き捨て、逃げるように教室を出て行った。
嵐が去った後のような静寂が戻る。 私は、自分の指先が小刻みに震えていることに気づいた。 右隣の席では、弟の形をした煤の影が、悲しそうに私を見つめている。
『逃げて』
そんな幻聴が聞こえた気がした。 でも、もう遅い。 私は、あの完璧な王子の仮面の下にある「何か」に触れてしまったのだ。
すれ違いざま、蓮が私にだけ聞こえるような小さな声で、ポツリと呟いた。
「……やっと、見つけた」
その言葉は、かつて花比良村で聞いた、火の粉が爆ぜる音に似ていた。
第3話を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「やっと、見つけた」 彼の言葉の真意、そして栞が触れてしまった王子の「正体」。
二人の共犯関係は、逃げ場のない方向へと加速していきます。
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