第4話 もしこの奇跡が救いでないのなら
次の朝、目を覚ました時には、もう身体は僕のものではなかった。
朝起きて、アラームを止めて、公園前で水花に出会って、水花の部屋にいって。日記を読んで。
【16:00 電車で隣町まで行く。】
それが新たに日記に書きこまれたルールだった。
次に僕が行動を許されたのは、12時になってからだった。
お昼ごはんを食べる為、自宅へと戻った。
だが食べる気力も時間も残ってはいなかった。
僕に残された時間は12時から16時の間。
たった4時間で水花を助け出さなくてはならない。
手は尽くした。どうすることもできない。これ以上、どうすればいいのかわからない。
唯一思いつく方法があった。
僕はキッチンから包丁を取り出し、考える暇もなく腹部へ思いっきり突き刺した。
これで水花が助かるのなら―――
「くそっ……なんでだよ……」
包丁が僕の身体を貫くことはなかった。
寸前のところで、皮膚に当たる寸前で止まっている。
僕が死ねば、病院に行ってしまえばあの日記の内容に矛盾してしまうからだろう。
僕らはあの日記に縛られている。
僕らは日記の呪縛から逃れることはできない―――
「いや、違うじゃないか……」
僕は一つの可能性に気づいた。
日記に縛られているのは……僕だけだ。
水花は僕が縛られている間も自由に動けた。
操られている風ではなかった。
もし水花が動けるのなら―――救えるのだとしたら……。
時間がない。
僕は急いで水花の家へと向かう。
「どうしたの?公園に行くのはもっと後だよね?」
「それなんだけど……」
僕は一瞬言うか悩んだ。
だけど方法は他になかった。
「水花、もうお別れだ。
絶対に公園には来ないでほしい」
「どうして……さっきと言ってること違うじゃん」
それは僕の身体が動かない状態で約束していたことだ。
お昼から公園で遊ぼうって、そういうと水花は嬉しそうに笑っていた。
だけど―――
「ダメだ。絶対に。水花は公園に来たらいけない」
「どうして‼」
「どうしてもだ」
例え僕が公園に行くことになっても、水花が来ることがなければ事故は起こらない。
これから先、僕だけが電車に乗り、公園に向かい―――トラックに触れて気絶する。
これ以外に方法は見つからなかった。
「どうしてそんなこと言うの?
今日しかないんだよ?もう明日には離れ離れになっちゃうんだよ?」
「それでもだよ。絶対に、公園に来たらダメだ。
僕がどんなメールを送っても、電話をかけても、絶対に公園に近づかないでほしい」
「どうして……」
「理由は……」
ループのことを口にするか悩む。
だがすぐに考えを打ち止めた。
何度も水花の死を見てるといっても信じてはくれない。冗談だと流されてしまう。
悪い夢を見ただけだと笑われ……公園に来てしまうかもしれない。
もしそうなれば―――次はないのだろう。
だから僕は最低な選択肢を選ぶことにした。
「嫌なんだ。遊びたくない。
勝手にどこか遠いところに行く水花となんて、これ以上顔を合わせたくない‼」
「そんな―――どうしたのいきなり」
「僕は君のことが大っ嫌いだ。
ずっと嫌いだった。一緒にいるのが嫌だった。
だからこれ以上、近くにいないでくれ」
これがいい。こうあるべきだ。僕が嫌われるだけでいい。
メールも電話も着信拒否されればいい。
姿を見ても離れてくれればいい。
そうすれば―――水花だけは救えるのだから。
「どうして……そんな酷いことを言うの?」
水花は瞳を潤ませ、だが頬を伝う前に拭った。
心が痛む。だが、水花の死と比べれば些細な―――そうだろうか?
僕は何か大切なことを忘れているのではないだろうか。
そう考えに至った時、既に水花の姿は見えなくなっていた。
それからしばらくして、また身体が動き出す。
既に時刻になったのだろう。
僕は電車に乗り、しばらく経ってから引き返し、公園へと向かう。
ただ前の日とは違い、それらは全て一人ぼっちだった。
そういえば、何度も今日を繰り返したけど、水花と、ここまで離れ離れになったのは初めてなのかもしれない。
本当に僕らは、ずっと隣にいたんだな。
それをずっと続ける為に、僕は―――
日記に決められた行為をなぞる作業。
もうここから先、僕に行動の権利はない。
流れに身をゆだね、水花が現れないことを祈るだけ。
それなのに―――どうして。
この監獄から逃れたはずなのに……。
「あの後、月灯くんに謝りたくて、追いかけてきたの。
それなのになんだか電車に乗ったと思ったら、引き返してきて……一人でブランコに揺られてるし」
(追いかけられていた……のか)
あれだけ言っても、どうして……。
次の朝にはもっと辛いことを言わないといけないか。
それとももっと別の手を―――
「ねぇ……」
(!?)
僕の心がビクりとはねた。
水花の声色が、まるで僕の精神に語り掛けているように思えたからだ。
「今日、なんだかおかしいよ」
「そんなことない」
口が勝手に動く。
「だっていきなり日記を見せてとか。電車に乗ったりだとか。
それで……私のことが嫌いだとか」
「あれは冗談だったんだ」
また口が勝手に動く。
この世界の辻褄に合わせるように。
だが水花はそんな僕の言葉を無視するように、しっかりとこちらを見据えた。
まるで僕の心を見通すかのように。
「本当は……最後の日ぐらい、ずっと一緒にいたのに……」
『……ゴメン』
僕の精神と肉体が重なった。
心からの言葉だった。
「後悔しないように……最後は一緒に過ごしたかったよ……」
水花は泣いていた。嗚咽を漏らし。
泣き虫だったのに、最近はめっきり泣かなくなった彼女が。
大人になった水花が。
『ゴメン』
僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
もしこの奇跡が、もし同じ日を繰り返すこの奇跡が……。
水花を救いだす為の奇跡ではないのだとしたら……。
「水花‼」
公園から出ていく水花。それを慌てて追う僕。
その光景をどこか俯瞰してみていた。
あぁ、後悔したのだろう。救えなかったことを嘆いているのだろう。
別れの言葉一つも言えなかったことを。
これが体の良い奇跡ではないのだとしたら。
たった一つの夢のような奇跡ではないのだとしたら……。
まるで夢のように、別れを告げる為の奇跡ならば……。
次の奇跡でやるべきことが決まった。
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