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第1話 小学生最後の日


これは遠い昔の記憶。

何度も繰り返した日々。

擦り切れるまで、感情をすり減らすまで繰り返した日々。


その初回の一回。


小学生である最後の日だった。

それと同時に大切な人との別れの日でもあった。


「明日だね」

「……うん」


公園のブランコに並んで腰かける僕ら。

ただ何をするでもなく、ただブランコに揺られていた。


生まれた時から当たり前に隣にいた幼馴染。賀陽水花かようすいか

彼女が両親の仕事の関係で遠くへ引っ越しをする、その前日。


僕は彼女のことが好きだった。

それでも言い出せやしない。


恥ずかしさ半分。

そしてこんな気持ちを引っ越し前に言われても困るだろう、という気持ちが半分。


言い出すべきか、否か。

そんなことを考え続けて、気づけば最終日へとなっていた。


「今日……なんだか不自然だったね」

「……そうだね」


自分でも自覚はあった。

いつものように笑いあい、からかいあい、また明日と言える日々がどれほど幸せだったのか。


僕らにまた明日ね、はない。

明日の早い時間に、彼女はこの町を出てしまうのだから。


だから今日しか言えないのだ。

君が好きだと―――だから。


「あっ、あのさ―――」


瞬間だった。

優しくて穏やかで、どこか不安を掻き立てるメロディーが流れたのは。

聞き慣れた音楽は僕らの真上のスピーカーから流れだす。


早く家に帰れと、町の偉い人が言っているような気がして耳障りだった。

それでも子供の僕らは従うしかない。


僕は諦めてブランコから立ち上がる。

ふらつきながら、地面の感触を確かめる。


「そろそろ……帰らないと」

「……もう少しだけ一緒にいたい」

「……うん」


彼女の一言で何が変わるわけでもなく。

ただ先ほどまでと同じように時間が流れていく。


もしこのまま夜になれば。そして明日になれば……。

僕らは離れ離れにならないで済むかもしれないのに。


そんな考えをよそに、短いメロディが彼女のポケットから流れた。


「お母さんが……そろそろ戻っておいでって」

「そう……だよね……」


決まりきっていたことだ。

子供だけの逃避行。現実から逃避。上手くいくはずがない。


「この時間がずっと続けばよかったのに」

「……うん」


僕もそう思う。だけどそんなことはあり得ない。

僕らは明日には大人になる。わがままを言える時間など、あと6時間も残されてやしない。


「それじゃあね」


彼女は公園から出た時、振り返っていった。

帰る方向は同じなのに。なのに、どうして―――


僕は慌てて彼女の後を追う。

そして―――


公園を抜けた先。見えたのは横殴りに照らされた強烈な光。

なんのことだかわからなかった。市街地で。こんなスピードで。なにより―――


「水花‼」

「……」


延ばした指の感触が暖かい。

届いたのか。そんな疑問は―――痛みと共に打ちのめされる。


「うわあああ」


トラックの荷台の側面に僕の指が触れる。

摩擦熱で指先がこすれ、勢いで、指が、腕が――――いや、水花は⁉


痛みと共に僕の意識は失われた。




声が聞こえる。鼻の詰まった、聞き取りにくい声。

手が握られていた。暖かい。


目を覚まして数秒の時間を有して、やっと僕は事態を理解した。

ここは病院のベッドの上であること。手を握り話しかけているのがお母さんであること。

反対の手には包帯が巻かれていること。そして―――


「よかった。月灯君は無事で……」


遠めで僕を見る、もう一人の大人の女性は、複雑そうな目でこちらを見ていること。


「水花は……水花は‼」

「月灯‼」


どれほどの声量だったのだろうか。

僕の声を上回る声色で、お母さんの声が被さる。


「月灯くん……。水花はもう……」

「……」


水花のお母さんがそれ以上を口に出すことはなかった。

病室に沈黙が続いた。


こんなの嘘だ。嘘なのだろう。

きっとみんなして僕を騙そうとしているんだ。


ドッキリ企画。引っ越す前最後のサプライズ。いや引っ越しだってきっと―――。

だけどいつまで経っても、プラカードを持って現れるはずの水花は出てこなかった。


それどころか無言の時間は続いている。

騙されてるフリをしてあげてるんだから……はやく……出てきてくれよ……。



気づけば病室で1人になっていた。

淡く眠っていたのか、思考を放棄していたのか、その両方か。


っと、部屋の片隅の椅子の上に、黄色い見慣れたカバンが置かれていることに気づく。

水花が持っていたカバンだ。それも―――あの時も。


偶々置かれたのか、それとも両親なりの理由があって置いたのか。僕にはわからなかった。

だけど縋るような思いでベッドから這い出て、カバンの中を漁る。


何か……水花の何かを欲しかった。

思い出に逃げ込めるような、何かを。現実から逃げ出せる方法を。


中から日記帳を見つけ出した。

学校の春休みの宿題で出た、毎日の出来事を記入する、そんな平凡な日記帳。


水花が転校することは春休みに入る前から決まっていたのに……。

それでも彼女は真面目に日記を書き続けていた。


ページを最初からめくる。

はじめから……毎ページ。僕との思い出が書き記されていた。

思えば水花と毎日遊んでいた。

他にも友達はいたはずなのに、僕ばかりに時間を割いてくれた。


なのに僕は―――


栞の差し込まれた30日の日記を読み終えた。

そして今日の日記を開く。当然、そこには何もなかった。


手持無沙汰な栞を、乱暴に差し込んだ。

本来水花がすべきだった行為を代弁するように。


瞬間―――



目覚ましが鳴り響く。

ベッドの上から転げ落ちた。


よく知る、寝なれた、自室の。いや―――


目覚まし時計を止めて気づいた。


「さっきのは……夢?」


僕は小学生最後の朝に戻っていた。


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