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第八話 宿命


………………まだ空に太陽が固定されず、地が泥のように柔らかかった神代の昔。

 産声を上げたばかりの『火』は、そのあまりの熱さゆえに、自らを産んだ母を焼き、狂乱した父の剣によって切り刻まれた。

 だが、その残酷な死こそが、世界の真の変革であったのかもしれない。

 飛び散ったその鮮血は岩に宿りて、強靭な武神タケミカヅチを産み、砕かれた肉体は、この国の背骨となる八つの峻険な山々へと姿を変えたという。

 忌み嫌われ、葬られたはずの……火の神は、自らを粉々に破壊されたことで、平坦だった世界に……起伏とちからを与えたのだ。

 火……それは停滞を焼き払い、劇的な変化をもたらす、最も純粋で孤独なエネルギーの奔流であった………………


「……美しいとは思いませんか、先生」

 二十年前の大学の研究室……夕方が近づき薄暗くなり始めた一室。資料を整理していた榊の背中に、一人の学生が問いかけた。

 榊の教え子の中でも、その才気から……神道学の異端児と目されていた望月剛志だった。

「人々は火を恐れ、カグツチを不吉な神と蔑みました。でも、世界を変えるのはいつだって、多くの者からは忌み嫌われるほどの強大な力です。秩序という名の『ぬるま湯』の中では、大きな力は生まれない……一度すべてを焼き尽くすことで、真の再生が訪れるのだと……そう思いませんか?」

 整った顔立ちに宿る、静かだが底知れない熱量を帯びた真っすぐな瞳……。

 当時、大学教授だった榊は、その教え子の言葉を若さゆえの過激な理想論だと見ていた……あるいは、そう信じたかったのかもしれない。彼のような男こそが、古びた神道の世界を未来に力強く牽引してくれるのだと。

 

「それが、まさかこんな形となって現れることになるとは……」

 榊は、苦い後悔を飲み込むように呟いた。

「望月、剛志……」

 その名をなぞるように繰り返したのは、島田だった。

 彼は、困惑の表情で、思い出の中から現実に戻ってきた。

「先生……その人は、私が大学に入った頃には、すでに伝説のような存在でした。榊教授の秘蔵っ子で、神道の歴史を塗り替えるとまで言われた……人格者としても名高い、あの望月先輩なんですか?」

 島田にとっての望月剛志は、教科書の向こう側にいるような清廉な天才だったからだ。「その彼が……大地を引き裂き、人々を恐怖の渦に陥れているとでも……?」

 島田が覚えている望月のイメージが、足元で大きく揺らぎ崩れようとしていた。

「ええ、そうでしょう。彼は誰よりも深く、深淵の火に魅せられていましたから……」

 榊は、モニターに映る不帰山の崩落跡を、まるで望月の姿を探すかのように見つめたまま、静かに告げた。

「彼のように……光の中には自分の居場所がないと思う者にとって、忌み嫌われたその火の神様こそが、自分を肯定してくれる唯一の理解者に見えてしまったのでしょう。望月は……太陽に焼かれると感じた心の中に、かつて葬られたカグツチの孤独を重ね合わせてしまったのでしょう……」


 榊の言葉が終わらぬうちに、零はトレーニングウェアのポケットからスマートフォンを掴み出した。

 指先が微かに震えている。画面に表示された『佑真』の文字に指を押し付けるようにタップした。

 ……呼び出し音すら鳴らない。

 無機質なアナウンスが、電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないことを告げるだけだった。

「繋がらない……」

 零は、蒼白な顔で二人を振り返った。


 

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