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第三話 広がる闇


「先生、どうです……見えますか」

「あぁ、見えてきたぞ……」

 海鳴りだけが響く、古びたやしろの奥で、埃の舞う暗がりに、一人の男が静かに座っていた。その膝の上には、錆びついた古い鏡が置かれている。 

「……閉じようとしているな。内側から」

 男の独り言に、背後の影がわずかに動いた。

「例の少年ですか」

「ああ……法人の連中は、それを異常な数値としてしか見ていないだろう。フッ……愚かなことだ。あれは異常などではない。あまりに鋭すぎる光に焼かれ、魂が自らを救うために、静寂という名の闇を求めているだけだというのに……」

 男の手が、鏡の表面に付いている黒い灰をそっと拭った。

「……彼も、あの神様と同じ悩みを抱えたぞ。ただ、そこに在るだけで、触れるものすべてを蝕んでしまう……その恐怖を、彼は自らのせいだと思い込み始めた……」

 男は、嬉しそうに鏡を両手で頭上高くに掲げながら、早口で告げる。

「……周りが正義を強いるほど、彼は自らの存在を恐れ……あの岩戸の奥へ隠れてしまうだろう……」


 佑真の顔は、遮光カーテンを閉め切ったまま、開いたノートパソコンの青白い光に照らされている。

 彼の視線は、画面の中央のあたり……ロック解除のパスワード入力のカーソルが、規則正しく点滅を続けていた。

『なぜだ……なぜ俺に、こんな事ばかりが起きるんだ。引き寄せてしまっているのか……』

 佑真は、思わず目を瞑った。その途端、まぶたの裏に守屋ちとせの残像が浮かび上がってきた。

 残像を振り払うように、何度も頭を振り、頭を両手で押さえた佑真の膝は、細かく震えていた。

『……いいや、俺は……俺たちは、正しい事をしたんだ。悪いのは、守屋ちとせやその残党の方だ……だから……だから、これからも大災害を防ぐために、頑張り続けなきゃいけないんだ……』

 点滅を続けるカーソルが、佑真の瞳に反射し、あたかも佑真の瞳が点滅しているかのように見えてきた。

『……パスワードを入力して、ゲームの世界でだけで、主人公やヒーローになるもんだろ……現実世界でなんて……そんな事』

 一向にパスワードを入力させようとしないかのように動かなくなった佑真の指先は、やけにじっとり湿度を持って冷たくなっていった。

「ふぅ……もう、いいだろう?……勘弁してくれないか……」

 佑真の口から、小さなため息とともに弱音が吐き出された。

 身動き一つ出来なかった佑真の耳に、その自分の声が聞こえた瞬間、引き締めていた弦が切れたように、佑真の両手が動き、バチンと音を立ててパソコンを閉じた。

 再び訪れた暗闇に、佑真の表情も隠されてしまった。


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