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第十二話 不帰山


 特殊祭祀法人のエンブレムが刻まれた漆黒の大型車両が、灰の降りしきる山道を猛然と突き進んでいた。


 タイヤが降り積もった火山灰を跳ね上げ、視界を奪う。


 ヘッドライトの光が、宙を舞う黒い粉塵に遮られ、まるで黒い霧の中を走っているかのような錯覚に陥る。


 車内には、精密機器の駆動音と、島田の部下たちが交わす緊迫した報告の声だけが響いていた。


「震源地まで残り二キロ! 超低周波の数値、さらに上昇! 遮断ユニット、出力最大!」


「各所の要石かなめいしセンサー、依然として沈黙! 望月のジャミング(妨害電波による通信障害)、完全に龍脈を遮断しています!」


 佑真は、車両の最奥にある座席で、膝の上に置いた自分の両手を見つめていた。


 かつて香取の森で、世界を救う鍵として光を放った掌……あの時は、神々の清浄な加護を感じていた。だが今は違う。


 指先から伝わってくるのは……刺すような熱気と、引き裂かれるような大地の悲鳴だ。


「……佑真。大丈夫?」


 隣に座る零が、防護服越しにそっと声をかけた。


 彼女の瞳には、佑真を守る盾となった時と同じ、揺るぎない覚悟が宿っている。


「……ああ。不思議と、前みたいなパニックにはなってないんだ。ただ、聞こえるんだよ。山が……カグツチが、泣いているみたいに響いてくる」


 佑真の言葉に、助手席でモニターを監視していた榊が振り返った。


「それは、君がカグツチと同じ孤独を知っているからでしょう。望月はそこを突いた。君を道標アンテナにすることで、神の孤独を怒りに変え、噴火という形で爆発させようとしています」


「もしかして、望月さんは……」


 佑真は、窓の外で不気味に光る山頂を見上げた。


「神様を、自分と同じ暗闇に引きずり込もうとしているんですね」


 その時、凄まじい衝撃が車両を襲った。


 激しい縦揺れと共に、道路の先が大きく陥没し、車体が悲鳴を上げる。


「地割れだ! 止まれ!」


 島田の叫びと同時に、車両が急ブレーキをかけ、斜めに傾いて停止した。


 フロントガラスの向こう側……立ち込める煙の向こう側に、巨大な杉の木だけが伐採されずに直立し、切り株が目立つ広場が現れた。


 その周囲には、生気のない黒服の男たちが、整然と立ち並んでいる。


 そして、広場の中央には……異様に青白く発光する月長石ムーンストーンを祭壇に掲げ、静かにこちらを見据える男がいた。


 望月剛志が嬉しそうに呼びかける。


「……着きましたね、佐倉くん。いや、僕の『道標』よ」


 スピーカーを通さずとも、望月の声は超低周波の波に乗って、佑真の脳内に直接響き渡った。




 佑真は、零の手を一度強く握り、それからゆっくりと離した。


「……行こう。今度は、逃げるためじゃなく、終わらせるために」


 自動ドアが開く。


 熱風と共に、神代の昔から続く……孤独な火の匂いが、佑真の全身を包み込んだ。


 島田の部下たちが通信機を叩くが、返ってくるのは虚しい砂嵐の音だけだ。


 望月の放つジャミングは、この広場を物理的にも霊的にも外界から切り離した異界へと変えていた。


「通信不能! 外部とのリンク、完全にダウンしました!」


 その報告を背に、佑真は熱を帯びた大地へと踏み出した。




 一歩進むごとに、脳内に直接流れ込む超低周波が強まり、視界が歪み頭が軋んだ。


「……ようこそ、待っていたよ、佐倉くん。外の世界は、随分と眩しく、騒がしかっただろう?よく分かるよ……」


 望月が慈しむような手つきで、青白く光るムーンストーンをなぞった。


「君には聞こえるはずだ。この国を支えながら、誰にも愛されず、暗い地底に閉じ込められた神の嘆きが。太陽(天照)の秩序から見放された孤独な魂……それは、僕であり、そして君だ」


 望月が月長石を掲げると、石から放たれた青い光が佑真を射抜いた。


 その瞬間、佑真の脳裏に激しいイメージが逆流する。



 

 部屋の隅、パソコンの弱い光だけが救いだった夜。


 世界のすべてが自分を責めているように感じた……あの凍えるような絶望感を……。


「君を道標アンテナとしたからね。カグツチの火はこの杉を伝い、僕が用意した新しい器へと遷るんだ。そうすれば、世界は一度リセットされる。眩しいだけの光が消え、僕らのような者が安らかに眠れる……静寂の闇が訪れるんだよ」


「……確かに、そうかもしれない」


 佑真は顔を上げた。


 その瞳は、もうモニターの光を反射するだけの空虚なものではなかった。


「俺も、このまま闇に溶けてしまえば……どれほど楽かと思った。でも、俺を暗闇から連れ戻してくれた奴らがいる。……『勝ってこい』って、『攻略してこい』って笑ってくれた仲間たちがいるんだ。そして……」


 佑真は、背後に立つ零の存在を全身で感じながら、右掌を強く握りしめた。


「俺の横には、ずっと手を握ってくれた人がいる。……望月さん、あんたが求めているのは救いじゃない。ただの、道連れだ!」




 佑真の熱くなった右掌から、赤い光が溢れ出した。


 それはカグツチの孤独を理解した上で、それを意志の力で制御しようとする、彼自身の覚悟の輝きだった。


 望月の表情が、初めてわずかに歪んだ。慈愛の仮面が剥がれ、その奥にある深い空虚と孤独が顔を覗かせる。


「ふふっ……強くなったものだね。だが、その絆という脆い光が、いつまでこの荒ぶる火を抑え込めるのかな?」


 望月がムーンストーンを祭壇に叩きつけるように置くと、地底からこれまでにない轟音が響き渡った。


 杉の巨木が震え、周囲の地面から真っ赤な地割れが走り始める。


「行こう、零! 島田さん、榊先生……俺を、支えてくれ!」


 佑真は赤い光を纏った右手を突き出し、狂気の渦巻く広場の中央へと駆け出した。

 

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