第十一話 目覚め
「……佐倉くん!?」
張り詰めた空気の一室に、駆け込んできたのは佑真と零だった。
榊と島田は、驚きで目を丸くしながらも、嬉しそうに佑真が立つ入り口に駆け寄った。
島田の部下たちも互いに見合わせ、顔をほころばせた。
それまでの重苦しかった空気が一転し、小声でささやき合ったり、安堵のため息や明るい小声も加わり、生き生きとした表情に変わっていった。
「あの……遅くなりました」
佑真が腰を90度に折り曲げたまま、自分の足元を見つめている。
「よく来てくれましたね」
「そうですよ。さぁ、頭を上げてください」
直立不動の零の隣で、二つ折りになっている佑真を榊と島田が部屋の奥へと促した。
「本当に、自分の意志で来てくれたんだね」
島田が嬉しそうに佑真の肩に手を置くと、佑真はゆっくりと上体を起こした。
その瞳には、さっきまで彼を支配していた恐怖の色は消えていた。
「……はい。もう、画面の中の安全地帯に隠れているだけではダメだと分かったんです。それに、俺が……引き金を引いてしまったから……」
「引き金?」
榊が即座に問い返した。
佑真は頷き、道中で零に話したこと、そして仕掛けられたゲームと現実のリンクについて、言葉を選びながら懸命に説明した。
「偶然かもしれませんが……ゲームの中で黒龍を倒そうとした瞬間、その攻撃のエネルギーを、不帰山の封印を解くための『楔』に変換したんです。ムーンストーンと、僕の名前が書かれた……杉の枝を使って」
佑真の説明に慌てて島田が尋ねた。
「ちょっと待ってください。不帰山や楔、ムーンストーンに杉の枝……ゲーム中の画面に、何かの映像が流れたのですか?」
「えっ、いや……そう言えば、おかしいな。イメージっていうか頭の中に……その場に立って見ていたような……」
島田の質問に答えようとした佑真が混乱したように頭を抱えた。
「佐倉さん、大丈夫ですよ。島田先生、佐倉さんに超低周波による影響について、簡単な説明をしてもらえますか」
島田は深く頷き、デスクの上のモニターに波打つ幾何学的な図形を表示させてから、佑真に見せた。
「佐倉くん、君が体験したのは、脳内での共鳴現象なのです」
そう言って島田は、モニターに波打つ図形を映し出した。
「望月が使っている超低周波は、月長石という石の媒体を通すことで、人の脳の深部を直接揺さぶる特殊な波形に変換されます……そして、君は自室に居たのです」
「……でも、俺は確かにあの場所に立っていた。石が光るのも、山が裂けるのも、この目で見たんです」
佑真が絞り出すように言うと、隣で零がそっと彼の袖を引いた。
「……島田先生、それは、佑真が視た……幻じゃなかったっていうことですか?」
「その通りです、新堂さん」
島田は深く頷き、モニターの波形を指でなぞった。
「望月が君の名前を刻んだ『杉の枝』をアンテナにしたことで、脳と不帰山が同期してしまった。君がゲームで放った一撃(一斉攻撃)という強い感情が、低周波に乗って現場の石に伝わり、封印を物理的に粉砕した……つまり佐倉くんが見たのは、本当の現場ったんですよ」
「そんな……。じゃあ、俺がみんなを守ろうとした力が、山を壊した……?」
佑真が呆然と自分の手を見つめる。その指先が震えているのに気づき、零がその手をしっかりと握りしめた。
「佑真のせいじゃない……悪いのは、そうやって人の心を道具にする大人のほうだよ」
「杉は天高く、真っ直ぐに神の気を導く木……佐倉くんを『道標』にして、不帰山の神を奪い、自分が用意した新しい御神木……杉の巨木へと無理やり移そうとしています」
「遷座させるというのですか? あの山そのものを依り代にして」
島田の言葉に、部屋が再び緊張に包まれる。
「……それなら、その道を、俺が塞ぎます」
佑真が顔を上げた。
零に握られた手の温かさが、彼の心に確かな居場所を作っていた。
「望月が俺を使って『道』を作ったのなら、そこを通れるのもまた、一人だけのはずです。現場に行って、その石を、枝を……止めてみせます。破壊の引き金を引いてしまったのが俺なら、その責任は、自分で取ります」
自らの力に怯えて岩戸の奥へ隠れようとしていた少年は、もうそこには居なかった。
「……分かりました。共に行きましょう、佐倉くん」
島田は深く頷き、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて部下たちに指示を飛ばした。
「全員、出動準備! 特殊車両に低周波遮断ユニットを積み込め。目標は不帰山、望月の拠点だ!」
「はいッ!」
部屋を飛び出し、廊下を走る足音が響き渡る。
現場へと向かう佑真の顔に、もう迷いはなかった。




