No.4「キレイなケシキ」
風が強い。頭髪はなんとなしに少し整えたはずだが、もうこの風が止む頃には、風の通り道を示すように、一筋の軌道に沿った流れになっているだろう。僅かに目の渇きは感じるが、心地良い。
細めた目をもう一度ゆっくり開く。宵闇は深いが、目の前に続く眩い光の群れにはその闇を強く拒否する意思があるかのようだった。何十台ものテールランプが、素早くともゆっくりとも言えない微妙なスピードで目の前を横切る。緩やかなアーチになっているこの橋の中央からなら、橋の終わりの先も、長く大量の光の粒が道を作っているのがよく見える。
排気ガスを吐き、我先にと抜かし抜かされながら道路を走り去る、無数の車の群れ。協調性もクソもない、ただそれぞれの思惑が勝手に這いずり回るこの空間。自然の摂理である闇夜ですら拒絶する身勝手なこの景色、美しいなどと言えるはずもない。
なのに何故だろう。郷愁か憐憫か、感嘆かすら分からない。何故かは分からないが、たまらない愛おしさと喜びで胸が締め付けられ、一瞬でも気を許せば涙が頬を伝う予感がある。
改めて理解する。人の思惑など、人の感情など、到底理解なんてできない。本能と物理法則と認識が束ねられた結果なんて、自分ですら予測できないんだと。
そっと自転車のハンドルを握り直し、この混沌に身を投げるように、サドルにまたがる。身を投じる事なくずっと観察者でいられればいいのにと、叶わぬ願いを心中に置き去りにして、残り半分に差し掛かった橋をゆっくり下り始めた。




