9.祈りの先に(2)
「天罰だ!」
悲鳴が神殿に響いた。
像を壊した男たちは、恐怖に駆られて一目散に逃げ出す。
足音が遠ざかる中、神殿にはルティナとギムレットだけが残された。
ふたりの間に緊張が走る。
身体の奥で鼓動が高鳴るのを、ギムレットは感じた。
あの日 ―― 聖女を前にして感じた恋慕と畏敬の念が、
いまは、明確な“畏怖”に変わっていたのだ。
剣の柄を握る指先が、かすかに震えている。
「カチカチ」とした音が、静かな神殿に音を立てた。
(この俺が……震えているのか……?)
ギムレットは歯を食いしばる。
心の底から湧き上がる屈辱が、恐怖を押し殺した。
(……いや、違う。
俺は、恐れてなどいない!)
剣に施された紅い魔石が光り、炎が宿る。
ギムレットは、剣を握りしめると己の過去を焼き払うように叫んだ。
「過去の屈辱は、ここで終わらせる!」
剣が唸りを上げ、炎を纏って振り下ろされた。
対するルティナは、両手を前に掲げ、眩い聖力を放つ。
光と炎 ── その衝撃に神殿が激しく揺れる。
「あぁっ!」
ルティナは爆風に弾かれて床に叩きつけられた。
まだ、聖力が不完全な状態だったのだ。
神殿の柱が崩れ、瓦礫が落ち砂煙が舞った。
ギムレットがゆっくりと歩み寄る。
足音が、冷たい石の上で不気味に響いた。
「俺はもう――
誰の下にもつかない」
炎を纏った剣が再び振り下ろされ、ルティナは身をかがめて目を閉じた。
―― 鋭い金属音。
しかし、剣が貫いたのは、ルティナではない。
恐る恐る開かれた目には、女神の“祈り”を貫く剣が映っていた。
固く握られた手は、二つに砕け石片が散る。
ルティナを静かに見下ろすギムレット。
その頬から一筋の血が伝う。
聖なる光の余波が、彼の額を裂いていたのだ。
「俺の国から出て行け……」
「次は、容赦しない」
擦れた声で吐き捨てると、ギムレットは踵を返し、
ふらつきながら神殿を後にした。
その足音が遠ざかるたび、冷たく沈んだ静寂が広がっていく。
ルティナは、壊れた女神像の欠片をそっと胸に抱いた。
「女神様が……
お守りくださったんですね」
胸の奥が温かい。
人々に嘲られ、用済みだと捨てられた自分を、
女神プリローダだけは見放さなかった。
けれど ―― その温もりの奥で何かが軋む。
黒い羽根がひとひら、音もなく舞い落ち、心の奥の痛みを呼び覚ました。
嘲笑う町の人々。
見下すギムレット。
冷たく背を向ける者たち。
懸命に救った世界が、いまや自分を切り捨てていた。
「私は──
恩を仇で返す人たちを赦せません」
一粒の雫が落ちた。
涙は淡く光り、儚く消える。
「たとえ…女神様のお怒りに触れようとも……」
「歴代最強の魔王を――復活させて」
王宮の方向を見据え、涙混じりの声で叫ぶ。
「この国を……ぶっ壊してやる!」
その瞬間、壊れた女神像が微かに光を放った。
ルティナの額に再び文様が宿り、
女神プリローダの懐かしい声が、はっきりと届く。
『……聖女よ。』
女神の声は、慈愛にも、戒めにも聞こえる。
ひとひらの純白の羽が、神殿に舞い落ちた。
修正させていただきました。(11/12)




