6.平和な世界で(1)
その日の朝。ルティナは仕事を求めて街を歩いていた。
昨日の出来事が尾を引き、人だかりを避けて廃れた通りへと足を向ける。
通称、クエストロード ──
旅に必要な武器や防具、道具の一通りが手に入る王都一の繁華街だ。
だが、いまは人影もまばらで、賑わいの名残すらない。
「昔は、賑やかだったのに……」
先日まで開いていた防具屋の扉には「閉店」と書かれた紙が貼られていた。
平和になり、もう誰も買わなくなってしまったのだろう。
ルティナは、自分と似た境遇に胸が締めつけられる。
「ちゃんと返す気あんのか!!」
怒号が響いて、ルティナは思わず肩を震わせた。
振り向くと武器屋の店主が、誰かに頭を下げている。
「も、もう少しだけ……あと少し待ってください」
「先月も同じこと言ってたじゃねえか!
防具屋みたいに飛ばれたら困るんだよ!」
昨日、自分を笑い者にした男だった。
けれど今の姿には、不思議と同情が芽生える。
魔王さえ討伐されれば、人々は皆幸せになると思っていた。
だが現実は ── 多くを失ったのは、自分だけではなかった。
しかし、平和になったあとの世界まで背負うことはできない。
ルティナは現実から目を背けるように歩き出す。
向かったのは、騎士の名門・ウインスキー侯爵家の屋敷だった。
「お金を稼ぐために……
キールを頼ってきたけど……」
もう、頼れるのは彼しかいない。
けれど ── あの夜の光景が蘇り、息が苦しくなる。
(もし、彼が勇者になっていれば……)
あの日を境に、ふたりの間にはわだかまりが生まれた。
会話もできないまま、離れていった。
勇者が旅立つ数日前、
キールは軍を率いて、魔王領への道を切り拓くために出陣した。
経験の浅いジンに代わり、激戦の露払いを買って出たと聞いたとき、
自分との距離が、決定的に開いたようで胸が痛んだ。
「……やっぱり、帰ろう」
彼の覚悟を無碍にした自分が、雇ってほしいなど──言えるはずがない。
踵を返そうとした瞬間、鉄格子の門がきしんだ。
「ギィ……」
屋敷から現れたのは、キールと、見覚えのある男。
ルティナは咄嗟に物陰へ身を隠す。
「すみません、面倒なことに巻き込んじまって……
金の相談なんてできるのは、キール様だけなんです」
その声を聞いた瞬間、ルティナの中で何かが弾けた。
あの男 ── 自分の支度金を奪った傭兵だ。
「別に、トニックが気にすることじゃない」
「説得できるかわからないが、
もう一度、王太子殿下に掛け合ってみよう」
帰るはずだった足が止まる。
次の被害者を生むわけにはいかない。
まして、それが善良なキールならなおさらだ。
物陰から姿を現し、冷静に言い放つ。
「あなた……私からお金を盗った人ですよね?」
突然のことに、男の目がぎょっと見開いた。
「な、なんだ、お前は……!」
「今度はキールから盗るつもりですか!」
キールは声を聞き、振り向く。
そこに立つ女を見て、眉を寄せる。
そして、信じられないというように呟いた。
「……もしかして、ルティナか?」
それは五年ぶりに見る、変わり果てた“聖女”の姿だった。
修正させていただきました。(11/11)




