表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

2.勇者聖約の儀(1)

自分の悲鳴で、ルティナは目を覚ました。

荒い呼吸を必死に整えながら、あれがただの夢だったのだと自分に言い聞かせる。

汗ばんだ頬を拭い、ふらつく足で窓辺へ近づき、カーテンを開いた。

朝の冷気に身体が冷える。

なのに胸の鼓動は、まだ夢の中にいるかのように速い。

空は──夢と同じ紅く染まっていた。


今日は、女神が勇者を選ぶ『勇者聖約の儀』が執り行われる。

緊張のせいであんな夢を見たのだと、そう思いたかった。


「女神様……」


ルティナは静かに膝をつき、女神プリローダへ祈りを捧げる。


「どうか私たちに……

 魔王に立ち向かう力を、お与えください」


その祈りに応えるように、仄かな光がふわりと彼女を包み込んだ。


***


王政国家オーブランカ。

そこでルティナは、女神に仕える聖女として育てられた。

民や王家のために祈りを捧げ、力を尽くす── それが彼女の日常だった。


いつか女神が勇者を選ぶ日が来る。

その日のために、ずっと準備してきた。


そして今日。ついに勇者が選ばれる。

十数年もの間、人々が待ち望んだ──魔王を倒す“希望”が。


朝の祈りを終えたルティナは深く息を吸い、

女神プリローダを奉る神殿へと歩き出した。


***


純白の大理石で造られた神殿は、

混沌とした世界の中で唯一の光のように輝いていた。

それは、人々を絶望から救う最後の希望の灯火。


ルティナが神殿へ足を踏み入れると、柔らかな鐘の音が響く。

白衣の神官たちが祈りを捧げ、すでに、ギムレット王太子を筆頭に

各貴族や騎士たちが席についている。

ルティナの姿を見ると皆が立ち上がり、一礼する。


コニャック大神官が皆の着席を見ると厳かな声で宣言した。


「勇者聖約の儀を執り行います」


集まった貴族や騎士から、期待の声があがる。

勇者聖約の儀とは、女神が勇者を選び、神の力の一端を授ける神聖な儀式。

これまで防戦一方だった人類に、初めて反撃の機会が訪れるのだ。


「ついに……この日が来たのだな」


ギムレット王太子は、清らかな碧眼を女神像に向けると祈りの言葉を呟いた。

人々が続く中、ひとりの青年が堂々と声をあげた。


「勇者に志願いたします!」


声をあげたのは、剣の名門ウインスキー侯爵家の嫡子── キール。

癖のある長い銀髪が光を帯び、まっすぐな瞳は不屈の正義と覚悟に満ちていた。

だが、それでいて、その眼差しの奥にはどこか翳りがある。


騎士たちが歓声を上げ、王太子も満足げにうなずく。


「養父に代わり

 騎士の本懐を遂げるつもりか」


「はい」


その勇ましい声を聞き、ルティナは──

前夜、神殿の裏庭で交わした言葉を思い出していた。



勇者聖約の儀の前夜。

ルティナはキールに神殿の裏庭へ呼び出されていた。

そこは、世界にふたりしか存在しなかのように、寂しく静かな場所。


うつむいたまま、キールはかすれた声を漏らす。


「栄誉が……」


「せめて、魔王討伐の栄誉がなければ、

 死んでいった者たちに、顔向けができない」


風が乾いた草を揺らし、二人の間を吹き抜けた。

キールは顔を上げ、真剣な眼差しでルティナに話す。


「どうか、俺を……

 ウインスキー家の跡取りである俺を

 勇者に選んでくれ!」


その声には、焦りと切実さがあった。

彼は、ルティナの前で膝をつくとすがるように手を握る。


「頼む、ルティナ……」


震える唇で名前を呼ばれ、ルティナは戸惑い、視線をそらす。


「……それは……」


夜風が吹き、キールの本音をさらった。


「勇者にならなければ、

 父上は何のために……」


ウインスキー侯爵──かつて魔獣から孤児を救うため、自らの利き腕を失った男。

その命を賭して救ったのが、キールだった。


誰より強くあろうと努力してきた青年。

もし自分が勇者を選べるのなら、ルティナは迷わず彼の名を挙げていただろう。


だが──

神託が告げた名は

キールではなかった。


誰もが彼こそ勇者にふさわしいと思っていたのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ