表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

10.聖女の使命(1)

五年前 ――

祈りの間は静寂に包まれ、ステンドグラスの光が淡く差し込んでいた。

その光は、女神像の前にひざまずくルティナを神々しく浮かび上がらせる。


ひたむきに祈る彼女の姿は、まるで神話の一場面のようで――

その清らかな表情は、凛とした美しさを帯びていた。


「女神様……」


静かに語りかける声。

その声音には疲れ切った民たちの思いが込められていた。


「人々は戦いに疲れ

 もう抗う気力もありません」


両手を胸の前で固く握りしめ、さらに深く祈りを捧げる。


「どうか……

 どうか私たちに、希望をお与えください」


「戦いの先に――

 必ず皆が笑って過ごせる平和な世があると……

 どうか、お示しください……!」


祈りはさらに熱を帯びた、その瞬間だった。

女神像からきらきらとした光が舞い降りる。

まるで女神そのものが応じたかのように。


「女神プリローダ様……」


彼女の願いは確かに、女神に届いたのだった。


***


月光が差し込む、瓦礫だらけの神殿。

ルティナは壊れた女神像の欠片を抱いていた。

耳の奥に美しい声が響く。


『――聖女よ』


抱きしめていた女神像が、柔らかな光を放っている。

ルティナは息を呑んだ。


「女神……様……!?」


奇跡に目が潤む。

魔王が勇者に討伐されてから、ルティナは聖女の力を失っていた。

聖力が枯れ、女神の声を聞くことすら叶わなかったのだ。


(もう、お声を

 聞くことはないと思っていたのに……)


胸の奥から熱いものが込み上げる。

だが、続いた声は思いのほか冷たかった。


『本当に……

 魔王を復活させようというのですか?』


普段とは違う厳しい声に、ルティナは思わず目を伏せる。


「……はい」


だが、実際に口してみると迷いはなかった。


「女神様に何と言われようと……

 私の決意は揺らぎません」


光がふっと収まり、静寂が神殿を包む。


『……ルティナ』

『私の、可愛い子』


その声色は、一瞬だけ優しさを取り戻したかと思うと――

次の瞬間、まるで別人のように弾んだ。

突然、神殿にめでたい音が鳴り響き、

花火のような明るい光がルティナの暗い表情を照らす。


『よく決意しました♪』


いつもと違うテンションの高い声に、ルティナは硬直した。


「……え?」

「お、お怒りにならないのですか……?」


『なんで?』


「いや……ほら、その……

 “聖女らしくない!”とか……」

「邪悪に支配されてけしからん! とか……」


もじもじと人差し指を突き合わせるルティナをよそに、女神は軽く笑った。


『いやねぇ〜

 あのギムレットとかいう坊や?

 私だったら――』


『……三回はコロス』


突然、空気が凍りつく。


『虫からやり直させる』


色のない闇の中、壊れた女神像が、不気味な陰影を浮かび上がらせている。

ルティナの背筋に冷たいものが走った。


「………」


「私の像をここまで壊した奴らよ!」

『私はあなたを応援するわ!

 ファイトよ! ルティナ!』


ルティナは女神の反応に、本当にいいのかと逆に不安になる。


「あ、はい……

 ありがとうございます、一応……」


そのとき、女神の声色がスッと厳かなものに変わった。


『聖女ルティナよ』


突然、威厳を見せた女神に、ルティナは慌てて背筋を伸ばす。


「は、はい!」


『魔王の復活は

 あなたにとって試練の連続になるでしょう』

『それでも――

 魔王を復活させる覚悟はありますか?』


ごくり、と喉が鳴る。

ルティナは ―― ためらいを捨てるように話し始めた。


「私だって本当は……

 魔王の復活なんてしたくないです」


「人々が傷つく姿は

 見たくありませんから……」


嘘偽りない本音だった。


「でも、魔王が討伐されてから、

 用済みみたいに

 町の人は見下してくるし、

 食べる物に困ってても

 仕事すらくれないんですよ?」


先ほどまで震えていた声が、次第に愚痴へと変わっていく。


「王太子は「拾え」なんて、

 コイン一枚しかくれないし……

 こっちは無償で助けてきたのに

 馬鹿みたいですよね」


「あ、でも……本当は魔王復活なんて

 したくないんですよ」


ためらいを捨てた後では、ただの建前でしかない。


「でも、弱い者なりに、意地もありますし……」


「なにより、救ってくださった女神様に

 こんな仕打ちをする人を許せません」


「だから……──」


潤んだ瞳に、強い火が灯っていた。


「覚悟はあります!

 絶対に最後までやり遂げます!」


一通り吐き出すと言葉は決意に変わっていた。


『うん、オッケー!』


『じゃあ、まずは仲間集めからね♪』


「仲間……?

 いまの私に……仲間……?」


──沈黙。

女神もなぜか気まずそうに黙り込む。


そのときだった。

「ジャリ」崩れた瓦礫を踏む音が響いた。


ルティナが振り返ると、神殿の入口に、ひとりの男が立っていた。

月の光に照らされたその顔は ── キール。

驚いた表情で、キールはルティナを見つめていた。


「ルティナ……

 ここで何があった!?」


光に照らされた銀色の髪がふわりと揺れ、瓦礫を踏むたびに脚の長い影が伸びる。

見つめ合うふたり。

その瞬間 ―― ルティナの心に、純白の羽が静かに舞い上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ