1.プロローグ
空は紅く染まり、荒れ果てた大地には
数えきれないほどの亡骸が積みあがっていた。
乾いた風が吹きすさび、遺骸の一部をさらりと砂に変えてはどこかへ運んでいく。
その混沌とした世界の中心に──
桜色の髪を風になびかせ、祈りを捧げる女がいた。
その額には、まばゆい光を放つ聖印。
女神に愛されし乙女──聖女ルティナだった。
彼女が見据える先には、漆黒の鎧に身を包んだ魔王が立つ。
その鎧は深いひびと焦げ跡に覆われ、ところどころから黒い瘴気が滲み出ていた。
──今しかない。
魔王は、勇者との戦いで疲弊している。
ここを逃せば、もう封じる術はなくなってしまう。
彼女は両手をかざし、空間に聖力を流し込む。
光が聖なる文字となり、それが衣へと変化して、魔王へ飛んだ。
衣が巻きついた瞬間──
魔王は空気そのものを震わせるように咆哮した。
轟轟轟……──
その圧に押し返されそうになりながらも、ルティナは一歩も退かず、
さらに祈りに力を込める。
「女神様……
お力をお貸しください」
祈りが言葉から光へと変わり、女神の力で聖女の聖力は神聖へと昇華する。
暗かった空に裂け目のような輝きが走り、その隙間から、
幾重にも重なる巨大な鎖が降りてきた。
「神の鎖よ
悪しき魔王を封ぜよ!」
鎖は魔王の身体を縛りつける。
魔王は抵抗するように身をよじらせ、鎖を引きちぎらんばかりに暴れている。
──神の鎖だけでは封じられない。
ルティナは、さらなる封印を繰り出す。
「昏き奈落の扉よ。
神々すら恐るる牢獄よ」
大地が裂け、世界が悲鳴をあげるように、巨大な石造りの門が姿を現した。
深く冷たい闇の奥へ続く── “ブラベウスの門”。
「我と女神の力を持って
混沌の王を
“ブラベウスの門”に封ずる」
その瞬間、魔王の胸元で黒い“醜塊”が蠢きはじめた。
別の生き物のようにうごめき、鎖を押し広げている。
「ギシ」鎖の軋む嫌な音が響く。
神の鎖ですら、魔王の力は抑え切れていない。
聖女はさらに神聖力を注ぎ込む。
強すぎる光に身体が悲鳴をあげ、口から血が落ちた。
「くっ……」
それでも退くわけにはいかない。
この封印を破られれば、世界は終わる。
ルティナは、歯を食いしばり、鋭い痛みに耐えながら、
己の生命力をも封印へと注ぎ込む。
だが、一度綻び始めた鎖は、徐々に魔王を自由にしていく。
魔王の腕が自分に伸び、ルティナは目を瞑り覚悟を決めた。
(たとえ死んでも
この封印だけは……)
だが、魔王の腕は、己の胸元で動く黒い“醜塊”を掴んでいた。
まるで、自分から逃れようとする塊を押さえつけるように──
その姿に、ルティナの胸が強く締めつけられ、震えた声が漏れる。
「………みせる」
「何度転生しようとも
必ずこの手で……」
涙で視界が滲む。
潤んだ瞳には、かつての魔王の姿が映っていた。
そのとき──
「信じて……いる……」
魔王とは思えないほど優しい、切ない響きが返ってきた。
どこか懐かしい、忘れられない感情を揺らす声。
「また……君に逢えると……」
絶望の中で──確かに、微笑んだように見えた。
ルティナの瞳から一粒の涙が零れ落ちる。
その刹那──
魔王は、胸元で暴れる“醜塊”を抱え込み、異界の門へと身を投げた。
光が収束し、世界が静寂に呑まれる。
音が、色が、すべて消えた。
そして── 聖女の心には喪失だけが残った。
「……いやぁあああああ!!」
叫びとともに、ルティナの視界が弾け飛ぶ。
──そして、目が覚めた。
始めて小説を書いております。
お目汚しではございますが、お時間のあるときにお読みいただければ幸いです。
※1話修正いたしました。(11/9)




