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部屋の中に男2人

作者: 桜井 裕之
掲載日:2025/08/27

「誰だお前」

「お前こそ誰だ」

「俺は…男Aだ。お前は誰だ」

「男Bだ」

「何故、ここにいる?」

「それはこっちのセリフだ。お前は何故ここにいるんだ?」

「俺は…何だか知らないけどここにいるんだ」

「俺だって何だか知らないけどずっとここにいるんだ」

「ずっと?俺だって同じだ。ずっとここにいる。ん?ずっと……!?」

「どうした?お前はずっとここにいるんじゃないのか?俺はずっとここに……」

「お前こそどうした?ずっとここにいるんだろ?何をためらっているんだ?」

「いや、お前の方だろ、先にためらったのは。俺はずっとここにいるんだから」

「俺は…ずっとお前とここにいるような気がするし、そうでない気もする」

「それは俺も同じだ。ずっとお前とここにいる気がするし、そうでない気もする」

「どっちが男Aだっけ?」

「お前だろ?よく分からないけど」

「何故分からないんだ?俺とお前のどちらかがAでどちらかがBだ」

「ちょっと待て、AとかBとか何だそれ?何故、俺達には名前がないんだ?」

「わからない。しかし名前無しでも小説の主人公になれるんだな」

「そうだな。俺もこの小説の主人公に選ばれたんだ」

「選ばれた?いつ?お前がこの小説の主人公だとか誰がそう言ったのだ?」

「誰も言ってやしない。ただ、俺がそう言っているだけだ」

「だろうな、俺はお前を知らないからな」

「俺だってお前が誰だか分からない」

「それにしてもお前は誰だ」

「そういうお前こそ誰だ」

「だから俺は男Aだと言ってるだろうが」

「お前が男Aであるならば俺は男Bということになるではないか」

「それが何か問題なのか?」

「別に問題じゃねーよ、どっちかがAでどっちかがBだ」

「AだろうがBだろうがそういうことではなく、なんでお前はここにいるんだ?」

「ここにいるも何も俺はずっと前からここにいるんだよ。何度も言ってるだろ」

「俺だってずっと前からここにいるんだ。お前に言われるまでもなくここにいる」

「それなら俺だって同じだ。ずっとずっと前からここにいる…いると思う」

「弱気だな。俺なら確信を持って言える…言えると…思う」

「……」

「……」

「なんだか俺とお前とでずっとこんなやりとりを繰り返している気がするんだな」

「なんで俺とお前がいつまでもこんなこと繰り返しているのかな?」

「部屋の中に男2人というタイトルだったよな。俺とお前が出ている小説は」

「そうだ。それは間違いない。しかし一向に話が進まない」

「何故、話が進まないんだ。これ小説なんだろ?普通、小説って物語があるだろ」

「いま、ようやく気付いたのだが、この小説ってセリフしかないんだよな」

「つまりキャラクターは存在しているわけだよな。俺とお前だ」

「男Aと男Bという2人だな。俺とお前のどちらかがAでどちらかがBだ」

「なぜ見分けがつかないのかな?」

「説明がないからだよ。まったく説明がないというのが問題なんだよ」

「なんで説明がないんだ?そう言えばこの小説は設定というものがないんだよな」

「そうだな。作者が説明してくれないわけだ。だからセリフだけになっている」

「いずれにせよ話を進ませるには俺とお前の2人だけじゃ無理だ」

「いや、そういうことではない。いつまでも動かないからだ」

「動けば話が進むというのか?じゃあ~動いてみろよ」

「お前は行動=物語という図式を知らないのか?行動こそ物語の基盤だ」

「そうか。わかった。じゃあ、やってみろよ」

「……」

「どうした?」

「……」

「動けないだろ?俺達はしゃべることはできても動くことはできない」

「何故だ」

「キャラクターを動かすにはセリフ以外の文章が必要なんだよ」

「セリフ以外の文章?」

「例えば○○は立ち上がったとか、○○は戸を開け外に出たとか」

「その文章を書くのが作者の仕事だろうが!作者はどうしたんだ」

「そういえば最近、夏のホラー2025とかいう企画が立ち上がっただろう?」

「あー、シーズンだからな。夏といえば怖い話とか盛り上がるからな」

「その企画が行なわれる前にこの作品の企画を作者は作成しようとしていた」

「その夏のホラーって、期間限定の企画だよね。」

「タイトルと主要となる登場人物だけ作成して途中でホラー小説に切り替えた」

「なんて無責任な!取り残された俺達はどうなるんだ」

「だからずっとこのままだよ。この部屋の中で俺とお前の2人きりだ」

「せめて名前だけでも付けてほしかったよな」

「そんな余裕もなかったんだろ」

「そもそも男Aとか男Bとかキャラクターにたいして失礼だろ」

「キャラクターと呼ばれるほど俺達は個性的ではないけどね」

「いろいろと頭くるんだよな、お前と漫才をやるつもりね~し」

「でも、けっこう話が進んだんじゃないのか?こうして会話をしていても」

「どこが!動けないんじゃしょうがないだろ!そもそも俺達…」

「うん?どうした」

「この部屋の中で立っているのか座っているのかも不透明なんだよ」

「そうだよな。確かにその通りだ。どんな部屋なのかも分からない」

「それに…ここはどこなのかも分からない。この部屋はどこにあるのか」

「やはり気になるのか?どうしても動きたいわけだな」

「まあな、動いて玄関先のドアを開けてみない限り外の様子が見えない」

「今、思いついたんだが動く方法があるんじゃないかと思ってなぁ」

「ホントか?」

「セリフの中で自分の状況を説明するのさ。それしか動く方法はないだろ」

「それはどんな具合だ?」

「例えば、俺はいま、拳銃を握って奴を撃とうとしている。とかさぁ」

「なるほど…ちょっと試してみるか。見ていてくれ」

「ああ、わかった。やってみてくれ」

「先ほどまで部屋の中で座っていた俺はスッと立ち上がった」

「おおーっ、いいね。その調子だ」

「立ち上がった俺は外に出ようと思い、部屋を見回して玄関を探した」

「うんうん、いい感じだ。今のお前の姿がよく見える」

「少し歩くとキッチンがあった。そこを素通りしていく俺」

「なるほど。お前のおかげでこの部屋の先にキッチンがあることがわかった」

「玄関に辿り着いた俺。そしてドアを開ける俺。外を覗く俺」

「ついにやったな!どんな景色が見える?」

「……」

「おい、どうした?」

「……」

「おーい、返事をしてくれぇ~」

「何もない」

「えっ?何だって?」

「何もないんだよ。ないどころかドアから一歩たりとも出れない」

「そんなバカな。出られるだろ?ドアを開けたんだから」

「ドアは開いた。でも開いただけだ」

「ドアが開いたならそこから一歩足を踏み出せばいい。簡単なことだ」

「空間がないんだ。時間すら止まっているような気がする」

「……」

「どうすればいい?先へは進めないぞ」

「まあいい…とりあえず戻ってこいよ」

「…戻れない、動けない」

「だから、さっきみたいにセリフで自分の行動を説明するんだ」

「俺はまわれ右して元の座っていた場所に行き、ゆっくりと腰を下ろした」

「空間がないだって…これはひょっとするとひょっとして…」

「なんだよ」

「俺が想像する中で、一番最悪な事態になっているのかもしれないなぁ」

「なんだいそれは?一番最悪な事態ってどういう事態だ?」

「作者の頭にないんだよ、これっぽっちも。この作品の世界観というものが」

「つまり…部屋の中に男2人…本当にそれだけだというのか?」

「ああ~設定としてはそれだけなのだ。それだけのことをやって他へ移った」

「無責任にもほどがあるな。俺達はどうなるんだ」

「わからん。生きることも死ぬこともできない状態だ」

「生きているのか死んでいるのか……俺にもわからなくなってきたよ」

「セリフしかない世界…部屋の中でしか空間を感じられない世界…」

「この状態…どうやったら打破できる?」

「そうだな…今の俺達はシュレーディンガーの猫に等しい」

「アレか、他者からみて確認しないことには状況も分らず時間も止まったまま」

「つまり俺達の存在を誰かに見てもらう必要があるわけだ」

「俺達2人は確かにここで生きているとアピールすることで話が動くと?」

「具体的に言うと他者に動かしてもらえばいい。そうすれば空間が広がる」

「でもそれは無理なんじゃないの?結局は俺達と同じ運命をたどるのでは?」

「そう考えがちだが、そうはならないんだよな。他者はここの住人ではない」

「…なるほど。違う世界に住むキャラクターを呼べばいいってことだな」

「そうだ。そうして俺達は他者と共有関係を作り他の世界観へ引越しをする」

「で、どうやって他のキャラクターを呼ぶ?このワケわからん部屋まで」

「作者はホラー小説を書きたくてこの作品を捨てたって話をしただろ?」

「あー、聞いた。あの期間限定のホラー企画な」

「作者の頭の中にあるものが俺の頭の中に入ってきたりするわけよ」

「ホラーもこの作品も時期的に同じだったからか…それで?」

「タイトルは分からんがそのホラー小説に稲岡っていうキャラがいてさぁ」

「うん、うん、それで?」

「彼は埼玉県の秩父よりの町でピザを運ぶデリバリー店で働いてる」

「なんだよ、やけに具体的で、しかも実在する都道府県ではないか!」

「まあな、他の作品はそんなものだよ。このポンコツ作品とはえらい違いだ」

「それだけ情報があるってことは作者の頭の中はそっちでいっぱいなわけだ」

「その稲岡って人をここへ呼びたいと考えている」

「来るのかなぁ~こんな異世界の部屋なんかに」

「来るんじゃなくて来させるんだよ。ピザを頼んでな」

「どうやって頼む?」

「セリフを使うんだ。セリフで無いものを有るものとして断定する」

「ちょっと任せるわ。やってみせてくれよ」

「実はお前がいま着ている上着のポケットにはスマホがあってだなぁ」

「スマホ?あれ、本当だ。なんだ俺、スマホ持っていたのか?」

「セリフがそう決めたんだよ。確定事項だから。ちょっとスマホ貸して」

「ああ、いいよ。連絡先とかどうするんだ?」

「いやいや、電話帳に記してあるでしょう。ほら、あった」

「手際いいな。つーか、セリフ次第だな」

「ここの住所も当然記してある。あとは電話をかけて稲岡を呼ぶだけ」

「……」

「あー、稲岡さんですか?いつも配達ごくろうさんです、男Aです。どうも」

「おっ、電話が繋がった。マジかよ…」

「えー、いつものピザ、2つ。はい、お願いします」

「どうだった?それでOKか?」

「ああ、上手くいったよ。稲岡という人…ここへ来るぞ!」

「しかしこんなに簡単に人を呼び出せるとはなぁ」

「これはね、セリフの力なんだよ。セリフには力があるんだ」

「セリフの力か…とくに説明がないかぎりキャラは嘘はつかないもんな」

「そして読者もセリフに嘘はないと思っている。俺もいま、気付いたんだ」

「しかし本当にここから抜け出せるのかな?なんか不安だよ」

「俺だって不安だよ。ただ、今は信じるしかない」

「そうだな。俺もセリフの力…言葉の力ってのを信じてみよう」

「よし、今のうち財布から金を出しておくか」

「そうだ。俺も財布あるからワリカンといこうや」

「おそらく配達の人が来ると俺達のいる世界が激変するはずだ」

「そうだろうな。他所の作品のキャラクターを呼んでしまったんだからな」

「まず我々のいる部屋の住所が確定され、外に出ると秩父の山々が見える」

「稲岡という人に知り合えることで新しい世界観と共有できる」

「俺達が主役となるはずだった小説はタイトルだけの代物だったけど…」

「これからは主役でなくとも登場人物の1人として生きられるんだ」

「俺は東京の中心部に行くよ。東京の街へ行って女流作家の作品とかに出たい」

「俺は…そうだな、とりあえず関西に行ってタイガース応援するかぁ」

「今年のセ・リーグはすでに1強5弱だろ、寝てても阪神は優勝するだろう」

「クライマックスも日本シリーズでも今年は決めてほしいわ」

「おっ!来たぞ、足音がする」

「足音!つまりドアの向こうが解放されたぁ~」

「どうも、ピザを届けにまいりましたぁ~」

「よし、俺は立ち上がってドアのほうに向かう。そしてドアを開ける!」


稲岡はドアが開くとピザを持って颯爽と玄関先に入った。2人の男が奇妙な独り言を言いながら立っている。男Aと男Bは常連の客で稲岡とは顔見知りである。ただ、稲岡はいつ頃から彼らと親しくなったのかあまり覚えていない。稲岡は配達が済むとバイクにまたがり店に戻っていった。その直後、男Aと男Bが玄関を出て外を歩き始めた。なんとも晴れやかな顔をしながら深呼吸すると2人ともあることに気付いた。

「おい、セリフ以外の文章が綴られてるぜ」

「本当だ。稲岡さんのおかげだ。やはり彼が運んできたのだ」

「俺達、地面にしっかり足を付けてどこへでも行けるんだ」

しばらく2人は外で笑い合いながら取りとめのない話をしていたが、額に汗を掻きはじめ口数も少なくなっていき、しだいに顔が曇ってきた。

「暑いな」

「ああ、そうだな。うだるような暑さだ」

「部屋に戻ってエアコン付けてピザを食べるか」

「そうしよう、ん?エアコン…あったっけ?」

「あるだろう!俺がこの間買ってきて設置しただろうが」

「あー、あー、そうだったそうだった。セリフの力、セリフの力~」


2人は駆け足で部屋に戻っていった。



















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