第八夜 本当の協力関係
部室を出た俺はまず、図書室へ向かうことにした。
図書室は同じ一階にあり、ここから最も行きやすかったという理由だけで、特に深い意味はない。
図書室に入ると冷房の冷気といろいろな本の紙の匂いが鼻腔をくすぐる。
図書室の中に人はあまりおらず、目的の人物はすぐに見つかった。
何やら歴史に関係する難しそうな本を何冊も手元の脇に積み重ねて、その中で一番分厚い一冊をフレームの細い眼鏡を光らせながら読んでいる。
「よっ、篠原」
用があると言って、俺がわざわざ部室から抜け出してきたのは篠原に会うためだった。
昨日、篠原から学校では教室や図書室、自習室で歴研の活動をしているって聞いたから来てみたわけだ。
「……なんだ、新庄か」
図書室で誰かに声をかけられることなんて滅多にないのか、篠原は数秒遅れて俺に気づいた。
あまり歓迎された様子ではなさそうだが、かといって追い払われることもなかったので、俺は遠慮なく篠原の隣にあった椅子に腰を下ろした。
「いや〜、一発目で篠原がいる場所を当てられてよかったわ。自習室はともかく、教室を覗きまわるのはさすがにこの暑さじゃバテそうだったからさ。図書室と自習室だけ覗いていなかったら、学校には来ていないと思うことにして帰るつもりだったんだよ。本当、図書室にいてくれてラッキーだったわ」
「図書室では静かにしてくれ」
「あ、すまん」
すぐに篠原を見つけられてテンションが上がっていた俺は少し声量が大きかったようだ。
「でもよ、せっかく夏休みに入って学校に来る必要がなくなったっていうのに、なんで図書室なんかで作業しているんだ? 図書室の本くらい借りて、家でも読めるだろ?」
周りに迷惑がかからないように声量を落として、篠原に尋ねる。
「……自室にいるよりも、こういう図書室にいる方が僕は集中できるんだ」
少し面倒くさそうにしながらも篠原は答えてくれた。
オカ研のために渋々でも合併を受け入れてくれたりと、案外篠原は気の優しい奴なのかもしれない。
「そういう理由もあるのか。俺達とは似て非なるものだな」
「そんなことを聞くためだけに僕のところへ来たのか? 用がないなら、帰ってくれ」
隣にいる俺が鬱陶しかったのか、篠原は俺を手でシッ、シッと振り払う。
「違うって! これはただの興味本位で聞いただけだって! 聞きたいことは、これとは別にあってだな――」
そこまで言ったところで、篠原がわざらしく咳払いをした。
どうやら、声のボリュームがうるさいということらしい。
篠原に追い払われそうになったので、つい大きな声が出てしまった。
「……その、オカ研としての成果を出す方向性は決まったんだが、他の二人があまり協力的じゃなくてだな。一人でなんとかしようと思ったものの、こっから先どう進めばいいかわからなくてよ。一人で成果を出そうとしている篠原がどうしているのか、参考がてらに聞いてみたかったんだ」
今度こそ、声量を抑えて篠原にここに来た用件を伝える。
すると、篠原が少し驚いたように目を開いて俺を見つめていた。
「な、なんだよ?」
「あっ、いや……新庄だけでも本気でオカ研を廃部にさせないために成果を出そうとしているんだなって思ってね。正直、新庄のことちょっと見直したよ」
「お、おう。ありがとう」
急に篠原から褒められて恥ずかしくなった俺はそっぽを向いてしまう。
「俺のことはいいんだよ! 俺が聞きたいのは篠原がどうするつもりかってことだ!」
声量には気をつけながら俺は語気を強める。
「そんな言われなくても教えてやるって。隠すようなことでもないしな」
そう言って篠原は読んでいた本の表紙を見せてきた。
「これって?」
「第二次世界大戦、特に太平洋戦争について記されたものだ。こっちは、東京大空襲について。あと、この地域の空襲被害についてまとめた本もある」
積み上げれた本の山からも篠原は何冊か引っ張り出してくる。
「今年で戦後80年でしょ。だから、ここの地域が戦時中だった時の様子について取り上げようと思っているんだ。ちょうど、この学校の近くに戦争遺跡である変電所もあることだしね」
「戦争遺跡の変電所なんかこの辺にあったか?」
「こんな近くにある学校に通ってて、知らなかったのかよ。結構有名だぞ、西の原爆ドーム、東の変電所って言われるくらいにね」
「知らなかったな。そんなとこが学校の近くにあったのか……けど、広島の原爆ドームと対比すんのは違くね? 原爆ドームよりは全然有名じゃねぇじゃん」
「そこは……同じくらい有名になるように頑張るしかないだろ」
篠原も俺と似たようなことを思っていたのか、反論してくることはなかった。
「にしても、戦争か〜。なぁ、なんか戦争に関係するオカルトっぽい話とかないか?」
「あるわけないだろ、そんな話。戦争を何だと思って……」
あり得ないと否定していた篠原が考え込み始める。
「どうしたんだよ、急に黙り込んで」
「……ないことはないかもしれない」
「マジで? 半分、冗談のつもりだったんだけど」
「オカルトって言うより、都市伝説や戦場の逸話が一人歩きしたようなものなんだけど、それでもいい?」
「全然いい。聞かせてくれ」
俺は興味津々に身を乗り出す。
「一番有名なのは、やっぱりロサンゼルスの戦いかな。第二次世界大戦中のアメリカロサンゼルス州で、日本軍機の空襲と誤認したアメリカ陸軍が対空砲で大規模な迎撃を行った出来事なんだけど、これには不可解なことが多いんだ。まず、当時の戦況から見て日本がロサンゼルスに空襲なんかできるはずがない。実際、戦後に日本軍がこの出来事に関わっていないことが確認されている。その後は、UFOだったんじゃないかとかいろいろ言われてるけど、結局はっきりしたことはわかっていないらしい。一応、この出来事が起こってしまった原因は、気象観測気球で最初に誤射が起きた後、サーチライトに照らされた煙と砲弾の破片が敵機と誤認されて攻撃が続いたものってことにはなっている。この説明は筋が通っているようには聞こえるけど、煙と砲弾の破片をあれだけ多くの人が航空機と誤認したという言い分には無理があると思う。それに、対空警戒を常日ごろから行っている軍隊の人間が誤認するとも考えづらい。報告書によれば、複数の小隊が15から20機に及ぶ未確認航空機を確認している。これを誤認として片付けるのはいささか強引だ」
歴研というだけあって、篠原はスラスラと説明してくる。
クトゥルフ神話について話す星越の姿とダブって見えてくるくらいだ。
よっぽど、歴史が好きなのだろう。
「それはたしかに、都市伝説っぽい話だな」
「そうなんだよ。他にも、ナチス・ドイツが不死身のゾンビのような人間を作り出す薬物を開発して、ハイチ人に与えて実験していたっていう話もある。戦後はソ連とアメリカが成果を引き継いだとか言われている。もう少しオカルトっぽい話だと、零戦のパイロットが瀕死のところを天狗に助けられた話とかもあるみたい」
「思ったよりもいろいろあるんだな」
次から次へと話が出てくる篠原に俺は素直に関心した。
「命のやり取りをしている極限状態だからね。そういう幻覚が見えたっておかしくはないよ」
「その通りかもしれないな。ありがとな。歴史に興味ない俺でも、面白かったぜ」
「それはよかったよ。僕も久しぶりに誰かと歴史について語れて少し楽しかったかな」
そう言った時、篠原の口元が緩んでいた。
篠原のこんか表情は初めて見たかもしれない。
これまではずっと嫌そうな顔ばっかしてたからな。
「中庭の噂話も戦争のオカルト話に関係してたりしねぇかな?」
俺は冗談で言ってみる。
「中庭の噂話って、何?」
「篠原も知らなかったか。実はな――」
篠原は噂話については知らないようだったので、俺はその内容についてざっくりと説明する。
「夜中にひどい雷が鳴って以降に中庭から聞こえ始めたうめき声ね……いいじゃないか、オカ研らしくて。その噂話の真相を明らかにして、文化祭で発表すれば成果になると思うよ」
「でも、一人でやんのは大変そうなんだよな〜。篠原はできるかもしれんが、俺は厳しそうだ。なぁ、ここはやっぱ、お互いに協力し合わないか? ひとまず、俺とだけでもさ。何か手伝えることがあったら俺も協力するからよ」
頼むよと俺は頭を下げる。
「……もしこれを昨日言われていたなら、僕は断っていたと思う」
少しの沈黙の後、篠原が口を開いた。
「だけど、今日新庄と話して気が変わった。本気で廃部を阻止したいって気持ちも伝わってきたしな。いいよ、お互い困った時は助け合おう」
「本当か! マジで、ありがとう!」
「だから、声!」
「あ、悪い」
あれだけ嫌がっていた篠原が快く協力することを承諾してくれたのが、嬉しかったせいかまた声が大きくなってしまった。
「なら、さっそく連絡先交換しようぜ。まだ、交換してなかったよな?」
「言われてみれば、そうだね」
俺はスマホの画面にQRコードを映し出して、篠原に読み込ませる。
無事、交換ができた通知がスマホに来た。
「何か進展や協力できることがあったら連絡してくれ」
「わかった」
「それじゃ、邪魔しちゃ悪いし俺は帰るよ」
「そうか。じゃあ、頑張ってな」
「おう」
篠原と別れた俺は部室に戻る気分でもなかったので、暑い家に帰ることにした。
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