第七夜 変わらない奴らと変わろうともがく奴
廃部騒動があった次の日、むせ返るような暑さのせいで俺は目を覚ました。
ベッド横に備え付けられた時計を見ると、まだ朝の8時ちょい過ぎだった。
部屋の冷房は6時間のタイマーで切れており、扇風機だけがやる気のない風を送っている。
南側の窓を開けて涼しい空気を入れようと思ったものの、入ってきたのはムワッとした生暖かい湿った空気だったためすぐに窓を閉めた。
こういう時は、窓を閉め切っていた方がまだマシだ。
部屋を出てリビングに向かうと、カーテンが閉まっているせいで薄暗い。
サッとカーテンを開けると、朝っぱらから本気を出している太陽の光がこれでもかと差し込んでくる。
カーテンを全開に開けるのは躊躇われたので、半分だけ開けることにした。
睡眠中に乾き切った喉を潤すために冷蔵庫から水を取り出し、そこから漏れ出す冷気で涼みつつコップに入れた水を一気飲みする。
乾いた喉に冷えた水が心地よく流れていく。
こうすることでまだボヤけていた視界が晴れていき、眠気も覚めてくる。
朝食を適当にとりながら、気兼ねなくテレビをつけるとちょうど天気予報がやっていた。
今のご時世、テレビなんか見ながら朝食をとってる奴なんか意外とレアなんじゃないだろうか。
テレビには今日も酷暑を伝える最高気温の数字が日本地図を背景に映し出されている。
『7月19日、土曜日、全国の天気をお伝えします。東北方面から西部方面の北部にかけて晴れて夏空が広がるでしょう。午後は、東日本の内陸部、山沿いなどを中心ににわか雨に注意が必要です。全国の最高、最低気温です。今日も気温が上がり厳しい暑さとなりそうです。那覇環域、博多環域、神戸環域での予想最高気温は32度、大阪・京都府都では34度、名古屋環域、横浜環域、東京特区では33度、仙台環域では32度、函館環域では30度となりそうです。特に、松代環域では予想最高気温が35度と最も高くなり、熱中症に十分気をつけてください。以上、全国の天気をお伝えしました』
一通りの天気予報を見た俺は朝食を片づけて、身支度を整え始める。
まだ午前中だというのに、家の中は既に蒸し暑くなってきている。
さすがに、この時間から冷房を付けるのは電気代的にも環境的にもあまりよろしくない。
あとは、午前中に冷房を付けるのはなんだか負けた気分になるから嫌だ。
最高気温に近づく午後に冷房を付けるのは問題ないのだが、まだ一日の中で比較的涼しい時間帯の午前中に付けるというのはどうにも納得がいかない。
制服に着替えるのは面倒くさいが、家にいても暑苦しいだけだし学校に行くか。
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学校に着くと野球部だろうか、こんな時間からもう校庭で部活を始めていた。
最近の暑さのせいで、昼間の外はまともに活動できないということが影響しているのかもしれない。
俺は誰もいないかと思うほど静かな校舎に入っていく。
一秒でも早く、涼しい部室に行きたい。
しかし、この時間だとまだ誰も部室には来ていないかもしれない。
そうなると、部室はまだ冷やせれておらず暑いまま。
冷房をつけて冷えるまでは耐える必要がありそうだ。
そう思って部室に来てみたのだが……
「何でもう二人ともいるんだよ」
前日と同じような光景が目の前に広がっていた。
石塚はスマホを横持ちでゲームをしており、星越はラヴクラフトの『時を超える影』を読んでいる。
昨日と今日とで全く進歩が見受けられない。
「何でって、目が覚めたからだよ」
ゲームの画面からは目を離さずに石塚が答える。
「目が覚めたからって、こんな午前中から来なくたっていいだろ」
「別にいいじゃねぇか。ここの方が家にいるより、よっぽど落ち着くんだよ」
そう思うなら、もう少し廃部にならないための努力をしてくれ。
家よりも落ち着けるこの部室が夏休み明けぐらいにはなくなっちまうかもしれないんだぞ。
そんな思いを込めた視線を石塚に向けるが、石塚はゲームに夢中で気づきもしない。
星越は、こちらも通常運転で積極的には会話に参加してくることはない。
前髪越しに本を読みづらそうに読み続けている。
これで根暗ではないから、人は見た目で判断するものじゃないと心底思う。
「オレらに来るのが早いって言う新庄も十分早いじゃねぇかよ」
「……たしかに。理由は俺も石塚と似たようなもんだな」
「じゃ、いいじゃねぇか」
そこに突っ立ってないで扉を閉めてくれと石塚が空いた片手でクイッ、クイッとジャスチャーをする。
部室の空気が外の空気と混ざって温くならないように慌てて俺は扉を閉める。
定位置の鉄パイプ椅子に座って一息ついたところで、思い出したかのように俺は立ち上がる。
「急に立ち上がってどうしたんだよ?」
俺のいきなりの挙動に驚いたのか石塚が顔を上げる。
星越も前髪のせいで見づらいが、目線を上げていたようだった。
「オカ研が成果を出す方法が見つかったかもしれないんだ!」
「へぇ〜」
「ネクロノミコンでも見つけたか?」
「あれ? 反応薄くね?」
思っていたよりも二人からの反応がイマイチだった。
「そんなことないと思うぞ?」
「そうか? まぁ、いいや。二人とも中庭の噂話って知ってるか?」
「中庭の噂話って、人のうめき声がするとかどうこうのやつ?」
「クトゥルフの呼び声だというのか?」
「そう、その人のうめき声が聞こえるってやつ」
石塚は噂話を知っていたらしく、すぐに反応してきた。
こういう学校の噂話に関して、石塚は意外と耳が早い。
星越の発言は基本、無視で構わない。
無視されて星越が落ち込むことはないし、むしろ本人はそれを楽しんでいる。
「ちょうど昨日、帰り際にその噂話を小耳にはさんでな。この噂話について文化祭で発表したら成果になるんじゃないかと思うんだ」
「オカ研が文化祭で発表なんかできんの?」
「そこは問題ない。部室に噂話についてまとめた新聞を掲載するとか、体育館の舞台で発表するとか申請さえ出せばいかようにもできそうだ。体育館の舞台はプログラム的にもまだ空きがあるらしく、申請したらいつでも入れてくれるらしい。昨日、知り合いの文化祭実行委員の奴に聞いたから間違いないと思う」
「んじゃ、その方向でいんじゃね?」
「それなら早速、噂話について情報収集するか」
「いや、まだいいよ。文化祭までまだまだ時間あるし。噂話をまとめて発表するだけだろ? それぐらいだったら、二日、三日あれば終わるだろ」
まだ大丈夫だってと石塚は楽観的だった。
「そうかもしれないが、早いことに越したことないだろ。なんせ、廃部がかかってるんだぞ」
「そこは、ちゃんとわかってるって! とりあえず、7月中はまだいいっしょ。ちょうど、今日からイベント来てて忙しいんだよ。イベント終わったらやるからさ、なっ?」
お願いと石塚は顔の前で両手を合掌する。
「ボクもまだ読み終わってないから、そうして欲しい」
俺達の会話を聞いていたのか、星越も石塚と同じ立場をとる。
昨日とは違う本を読んでおいて、よく言うぜ。
しかし、この時点で2対1。
民主主義のこの国では俺の意見は否決され、石塚達の意見が可決される。
「あーーもう、じゃあ、それでいい! 俺はもう帰る」
二人の態度から見るに、俺も篠原と同じように見切りをつけて一人でなんとかするしかないかもしれない。
「もう帰るのか? まだ、来たばっかりだろ」
「ちょっと、用ができたからな。明日か明後日にはまた部室に来るよ」
「まぁ、それならいいけどさ。怒ってるわけじゃないよな?」
「別に、怒ってはいねぇよ。そんじゃあな」
「おう、じゃあな」
「お疲れ」
バタンと扉を閉めた俺は用を果たすため、ある目的地へと足を向けた。
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