第五夜 風前の灯火
部室の扉をずっと開けっぱにしておくとせっかくの冷気が外に漏れ出してしまうため、俺は嫌がる篠原を無理やり中へと押し込む。
ずっと使われずに畳まれたままだった鉄パイプの椅子を引っ張り出して、篠原をそこに座らせた。
やっと人に使われる機会に恵まれて椅子も喜んでいることだろう。
俺も定位置の椅子に腰をかける。
「うん? 何コレ? ヤ……モ イレ…………リ?」
しばらく使われずに畳まれていたせいか、開きが悪くなっていた鉄パイプ椅子を調整していた篠原が足下の床に書かれてあった文字に気づいた。
おそらく黒のマジックペンで書かれていたようだが、所々かすれていて全てを読むことができない。
何かの単語か文章なのだろうが意味はちっともわからない。
「あ〜それな、何年か前に起きた事件の時に残されていたやつらしいよ」
ゲームをやめて手持ち無沙汰だった石塚がかき消されつつある文字を覗き込みながら篠原の疑問に答える。
「事件って何?」
「えっ、お前知らねぇの? 何年か前に殺人事件があって、ここと隣の化学室で合計三人死んでるんだよ。たしか、篠原が今座ってるとこら辺に一人死んでたって聞いてるぜ」
「ひっ!」
死人がいた上にいることを聞いた篠原はすぐさま飛び退いた。
「そういうことは早く言ってくれよ! あと、何で僕以外は全員平気そうなんだよ!」
「わりぃ、わりぃ。有名なことたがら、知ってると思っててさ」
石塚の言う通り、この事件の話は学校ではかなり有名だ。
割と世間でも有名かもしれない。
そのせいか、化学室と化学準備室には人が死んでいる場所ということもあって滅多に人は寄り付かない。
授業ですら、生物室や地学室を活用して化学室の利用を避けているくらいだ。
そのおかげで、俺達は部室としての恩恵をあずかれている。
しかも、オカ研の部室っぽいっていう特典付きだ。
「こんなとこに居て、怖いとか、不気味とか、気色悪いとかないのかよ!」
「ないね。ニャルラトホテプよりは全然怖くない」
「オレもだな。だって、オレらもう慣れてるじゃん」
「もしかして篠原、ビビってんのか?」
「なッ! そうじゃなくて、気分的に嫌じゃないのかって話だよ!」
篠原をこのままおちょくり続けるのは楽しそうだが、それでは肝心の話に進まないため、ここでやめておこう。
「ビビってる篠原は置いといて、石塚と星越に大事な話がある。篠原がオカ研に入る理由とも関係してくる話だ」
ビビってないと言いながら座らずに部室の端の方に立っている篠原を尻目に、俺は高山から言われた廃部の話を二人に伝えた。
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「はぁ!? 廃部!? なんだよソレ!」
「チッ! これだから人間は……」
二人とも俺の時と同じようにいきなりの廃部にひどく憤りを覚えている。
一旦、冷静になって自分達の行いを振り返ってみると、どの口が言ってんだよとは思う。
「落ち着けって! 学校の言い分にも一理ある。今まで、大目に見てもらったんだ。そこは感謝しとこうぜ」
ここは冷静な俺が二人をなだめるしかない。
「まぁ、それはそうだけど……」
わかっていても石塚の不満は消えないようだ。
「にしても、歴研と合併ね〜」
「悪かったよ。相談もなしに勝手に決めて」
「いや、別にそれは気にしてねぇよ。よく篠原を納得させられたなと思ってさ」
「だろ? めっちゃ頑張ったんだぜ」
「僕は詐欺被害にあった気分だ……」
対局的な俺と篠原を見て、石塚はニヤニヤと笑う。
「でも、どうすんだよ? オレらじゃ文化祭までに成果なんて出せねぇぞ?」
「ボク達の活動がそんなに気に食わないのか! 成果、成果って、そんなんだから科学は進歩しないんだ!」
「とにかく! 全員で協力して成果を出すしか、廃部を逃れる道はない!」
堂々巡りになりそうな会話を俺は張り上げた声で切り上げる。
「けどよ、成果って具体的に何だよ?」
「それは……」
石塚にそう聞かれて、思わず俺は言いよどむ。
俺も成果を出すと言っているだけで、その成果が具体的にどんなものかまでは考えてもいなかった。
廃部が取りやめになるような成果なんだから、それなりの成果は必要なはず。
小学生の夏休みの自由研究レベルじゃ、当然成果としては認めてもらえないだろう。
「ほら、言えねぇだろ? 最初っから、そんな条件無理ゲーなんだよ。高山はオレらに条件をクリアさせるつもりなんて毛頭ないぜ」
「廃部になることは、遥か以前からの既定路線というわけか……」
「まだ、諦めるには早いだろ! 文化祭までだって、まだ時間はあるし。なんかいい感じの成果を適当に出してさ!」
「はぁ〜〜もういい。廃部にならないために少しは真面目に努力するのかと期待したけど、やっぱり噂通りのオカ研だね」
成果の具体的な内容を言及をしない俺や既に諦めモードの石塚と星越を見て、篠原が心底呆れたように言い放つ。
「僕は歴研として一人で成果をあげるから、そっちはそっちでやってくれ。僕だけでも成果を出せば、高山先生も歴研の存続だけは考慮してくれると思うしね。だから、オカ研は足だけは引っ張らないでくれ」
それだけ言い捨てると、篠原はとっとと部室を出て行ってしまった。
これでは何のために協力関係を築いて、オカ研と歴研を合併したのかわからない。
「なんだよ、あいつ! 好き勝手言いやがって! だったら、オレらもオレらで成果出してやるよ!」
「ボク達のことを見くびったことを後悔させてやるか」
篠原への反感を篠原が消えていった扉に向かって、石塚と星越が野次として飛ばす。
篠原が言っていたことは全て正しいが、もう少し言い方というものがあるんじゃないだろうか。
そしたら、二人も反感を持たずに篠原の話を素直に聞いたはずだ。
しかし、この反感が二人のやる気に火をつけてくれたようなので、ここは有り難く使わせてもらおう。
「よし! まずは、オカ研としての成果を出すための目標を決めよう!」
茶色い長机にドンッと両手をついて、俺は前のめりになる。
「あーーその話は明日にしよう。どうせ、明日も部室に来るだろ。そん時でよくね? オレ、まだデイリーミッションが残っててよ」
「賛成。ボクもこれ、読み終わってないし」
二人に灯ったやる気の火はそよ風で消える程度のものだった。
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