第四夜 親切丁寧なメンバー紹介とゆがんだ顔
どうにか篠原を説得して、廃部にならないよう協力してくれることを取り付けた俺は篠原を連れてオカ研の部室へと向かっていた。
歴研の部室は元々社会科室だったらしいのだが、部員が実質一人だけになってしまったこともあり、現在は使えなくなっているそうだ。
そのため、篠原は歴研の活動をする時は自宅か学校の教室や図書室、自習室を利用してるとか。
一方で、俺達オカ研は化学室と化学準備室を部室として利用している。
基本的には化学室よりも化学準備室を利用している。
化学室は広々としていて良いのだが、三人だけとなると少し広過ぎる。
化学準備室であれば、広さが丁度いい事に加えて外からは見えづらく、機密性が高いとメリットが多い。
部室で自由気ままにダラダラと過ごしたい俺達にとっては化学準備室はこれ以上ない優良物件なのだ。
周りからは不法占拠しているのだの謂れのないことを言われているが、俺達は誰にも使われていない教室を親切心から有効利用してあげているだけである。
人聞きの悪い言い方は本当にやめて欲しい。
そんなことを会話の一切ない篠原との気まずい雰囲気から耐えるために考えていると化学室の前まで来ていた。
相変わらず、化学室の扉の上に取り付けられている「化学室」と書かれたプレートには汚らしく何かをはがしたような跡が残っている。
やっと、この空気から解放されると胸をなでおろす。
化学室に入って、そのまま化学準備室へと向かう。
化学準備室は本来、廊下にある扉からも入ることはできるのだが、実際はその扉の前に実験で使われる器具やら何やらが置いてある大きな棚のせいで封鎖されている。
よって、化学準備室へ入るには化学室の中にある準備室に繋がる扉を経由して行くしかない。
「お〜っす、お疲れ〜」
いつも通りの気だるげな挨拶と共に俺は準備室もとい部室の扉を開く。
「お〜、お疲れ」
「遅かったね」
これまたいつも通りのくつろいでいる二人の光景が目の前に広がっている。
部室は思う存分に下げられた設定温度の冷房で快適に冷やされている。
この部室には、体育館にある余っていたのをいくつか拝借してきた鉄パイプの椅子と学校の備品としてホコリに埋もれていたところを救出してきた細長いキャスター付きの茶色い長机が二つ向かい合わせにして置かれている。
ちなみに、体育館からかっぱらって……失敬、拝借してきた鉄パイプの椅子は部員三人に対して、なぜか五個ある。
余っている一つは、廊下へ繋がる扉を封鎖している棚がある方に畳んで立てかけてある。
畳まれずに使っている鉄パイプ椅子の一つで、盛大に寄りかかって足を机の上に乗っけながら石塚は相変わらずFPSのスマホゲームをしている。
この姿だけを見れば、あながち不良のたまり場と思われてもしょうがないかもしれない。
茶髪の見た目もあって余計に不良に見える。
だが、石塚は不良ではない。
シンプルにくつろいでいるだけだ。
一方で、石塚と対比するように星越はこじんまりと椅子に座って本を読んでいる。
痩せ型で線の細い見た目と前髪で目元が隠れているため根暗そうに見えるが、根暗ではない。
コイツはただの変人だ。
星越が読んでいる本は、ラヴクラフトの「狂気の山脈にて」だった。
星越が言うには、クトゥルフ神話シリーズの中でも一番有名な作品らしい。
何年か前に公開されたドラ◯もんの南極を舞台にした話の映画はこの本をモデルにして作られたのではないかとクトゥルフ神話界隈では言われているそうだ。
そんな界隈を知らない俺にとっては嘘だろうが本当だろうが、そうなんだという感想しか出てこない。
タイトルや表紙からはたいそう難しそうな本を苦労せず、理智的に読んでいる風を装っているが星越が読んでいるのは漫画版だ。
原作である小説版は難しくて読めないと、星越は大手を振って豪語していた。
漫画が小説より劣っているとは全く思わないが、絶対に豪語するような内容ではないと俺は思う。
「え? 誰?」
漫画から目を離した星越が篠原気づいて、警戒心をあらわにする。
「うん? 誰って、新庄以外に誰かいんの? って、あ〜〜っ! クソっ、全滅した……」
星越の発言が気になって目を離した隙に、石塚は敵にやられてしまったようだ。
「これが噂のオカ研か……」
せっかく説得した篠原の心がどんどんと離れていくのを背中から痛いほど伝わってくる。
「コイツは篠原軅浩。元々は歴史研究会だったんだが、いろいろあって今日からオカ研の仲間になった」
「なッ! 仲間になったわけじゃ――」
「ストップ。今、その話をするとややこしくなるからナシだ」
俺が手で制すと、篠原も空気を読んでくれてそれ以上は何も言わなかった。
「へぇ〜〜! こんな時期に、しかもオカ研に入ってくるなんて珍しいじゃん」
「なんだ、オカ研を潰しにきた奴じゃないのか。だったら、何でもいいや」
突然の新規部員に二人とも歓迎ムードだった。
今まで三人でやってきたぶん、その空間を壊されるのを嫌って反対されることも想定していたんだが杞憂だったようだ。
「おっけー! じゃ、我らがオカ研の仲間を紹介しよう! そっちで、あまり上達もしないのにFPSのスマホゲームをやり込んでいるのが石塚彁易な。一回だけ対戦したことがあって、その時に俺がボコしちゃったせいか、それ以来は対戦してくれなくなった。で、こっちでインテリぶって本を読んでるけど本当は漫画を読んでるだけの奴が星越槞真な。コイツはクトゥルフ神話の話しかしないから、クトゥルフ神話を知らない限り何を言ってるのかわからない」
篠原に俺は親切丁寧、二人の紹介をしてやった。
俺の紹介がとってもわかりやすかったのか、篠原は顔をゆがめている。
これから仲良くやっていこうというのに、そんな顔をするのは好ましくないと思うぞ。
「おい、新庄! オレの紹介の仕方に悪意を感じるんだが!? あの時は、たまたまお前が運良く勝っただけだろ!」
「クトゥルフ神話を愚弄するとは貴様、旧支配者達に滅ぼされたいのか?」
俺が「な、俺の言った通りだろ?」と篠原を見ると、紹介の仕方が上手かったこともあって篠原はますます顔をゆがませている。
顔と同じように協力関係もゆがまないように気をつけないとな。
「ま、細かいことは気にしないで、これから仲良くやっていこうぜ!」
これから上手くやっていけなさそうな不安があることはおくびにも出さないように空元気を出して、俺はパチンと手を叩いた。
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