第十九夜 いざ、肝試しへ!
太陽はとっくに東に沈んでおり、辺りは真っ暗で半月に近い月がぼやっと浮かんでいる。
俺達は学校の正門ではなく、その少し先にある裏門的な小さ目の門の前に集まっていた。
電車は既に終電を迎えているため、全員それぞれ自転車で来ている。
時間的に人通りは全くなく、夜の学校を前に学生がたむろしていても不審がる者など誰一人としていなかった。
「なぁ、星越。なんでお前、そんなデカいリュックなんか背負ってきているんだ?」
星越はこれからエベレストでも登頂するのかという重装備のリュックパックを背負っている。
「必要だからに決まっているだろ」
「必要ないと思っているから聞いているんだけどな……」
「そんなことより、篠原はまだかよ? 早く行こうぜ」
夜で静かなこともあって、石塚の興奮した声が辺りに響く。
「おい、石塚! もう少し声落とせって! バレたらどうすんだよ!」
「あん? 大丈夫だって、周りには誰もいないんだから」
「そうとも限らないだろ!」
楽観的な石塚と悲観的な星越が意見を対立していると、遠くから篠原がやって来たのが見えた。
「二人ともそのへんにして、校門を乗り越える準備しとけよ。篠原が来たぞ」
俺が言って示すと二人も篠原が来たことに気づいた。
「遅かっな、篠原」
「集合時間には遅れてないんだから、問題はないはずだ。なんで、よりにもよってこんな時間に集合しなくちゃいけないんだ」
「肝試しだぞ? 夜に集まるに決まってるだろ」
「肝試しじゃない! 実地調査だ!」
「そう言うなよ、調査も兼ねて肝試しもできるんだから一石二鳥じゃねぇか」
無理くり話を押し通して石塚は篠原をなだめる。
「どうしてそうなるんだよ……まぁ、いい。学校の許可はちゃんと取っているんだろうな?」
「いや、取ってねぇけど?」
さも当然のように、許可は取っていないことを石塚は篠原に告げる。
俺が聞いた時も同じ反応だったな、コイツ。
「は? そしたら、どうやって学校に入るんだよ?」
「どうって……こうやってだ……よっと!」
手ぶらだった石塚はそのまま軽い足取りで門をよじ登って学校の敷地内に入っていく。
「なっ、簡単だろ?」
門越しに会話する石塚は牢屋に入っているようにも見えて少しおかしかった。
「こんなことして学校にバレたら停学ものだぞ。どうして新庄は学校から許可を取らなかったんだ?」
「学校が許可してくれると思うか?」
「思わない」
「じゃあ、こうするしかない。幸い、俺達の目的地は中庭にある貯水池だ。学校の校内に入るわけじゃないんだし、許可も鍵も必要ない。ちょっと覗いて、すぐ帰るだけだ。見つかるリスクもそう高くはない。そんな心配することもないだろ」
石塚に続いて俺もひょいと門を乗り越える。
一度、門の一番高いところで馬乗りになってみる。
学校の敷地と公道の狭間にいるようで、なんだか面白かった。
そこから俺は敷地内へぴょんと飛び降りる。
「ほら、篠原も来いよ」
「僕は行かない」
「ここまで来て、そんなこと言うなよ。来なきゃ何もわからないままだぞ。それでもいいのか?」
「……」
少しの間渋っていたが、篠原は黙って門を乗り越えて来た。
「これで俺達、共犯だな」
「誰のせいだと思ってる!」
「俺達のせいにしていいぜ」
俺はニヤッと笑ってみせる。
「あたり前だ」
そっぽを向いた篠原の横顔はどことなく楽しそうだった。
「星越も、もたもたしてないで早く来いよ。まだビビってんのか?」
「うるさい! わかってる! 先にこれ、持っていてくれ!」
星越が巨大なリュックパックを重そうに門の上からこっちに渡してきた。
俺と石塚は慌てて落ちないように受け止める。
ずっしりとした重みが手の感触を通して伝わってきた。
「重ッ! このリュック、何入ってんだよ!」
「いろいろだよ! 何でもいいだろ!」
リュックパックを俺達がしっかりと受け取ったのを見届けてから星越は門を乗り越えて、俺達がいる方へ足を着けた。
「これで全員そろったな。そんじゃ、行こうぜ中庭に!」
子供のようにワクワクして興奮している石塚を先頭に俺達は中庭に向かった。
中庭に向かう途中はやけに静かで、たしかに肝試しっぽい雰囲気があった。
ちょっと歩くと、すぐに中庭に到着した。
中庭はコの字型に校舎でぐるりと囲まれている。
明かり一つ灯っていない校舎に囲まれているというのは思った以上に不気味な感じがする。
貯水池は中庭に生い茂った雑草の奥に隠れており、かき分けていくことでようやく目にすることができた。
ここまでは月明かりとスマホのライトで進めてこれたが、門の前とは違って街灯もなく伸びきった雑草でより暗くなっている。
「こんなとこに貯水池があったのか。普通に知らなかったわ」
「上の階の教室から見てもちょうど影になっていてわかりづらいからね。上からも横からも見えにくい絶妙な位置になっているせいで、うちの生徒でも知らない人は多いよ」
中庭には一般の生徒はあまり行くことがない。
そもそも、勝手に中庭に入っていいのかもよくわからないのが正直なとこだ。
たまに生物部の生徒が中庭にいるのを見かけることはあるが、部活動の一貫として中庭にいるだけなんだろうなとしか思わなかった。
「へぇ〜、そうなのか。んなことより、うめき声みたいな音って聞こえるか?」
石塚に言われて俺達は耳を澄ませてみる。
『……』
どこかで虫が鳴いてる音は聞こえたが、人のうめき声らしき音は一向に聞こえてこなかった。
「んだよ、全然聞こえねぇじゃん。やっぱ、噂の真相は誰かが聞き間違えただけってことかよ」
不満そうに石塚は口を尖らせる。
「ボクは最初からそんなことだろうと思っていたけどね」
「そうやって安心するのはいいんだが、これだとオカ研としての成果がなくなってしまうことになる」
「え? なんで?」
うめき声が聞こえないとわかった星越は余裕そうだった。
「噂の真相が誰かの聞き間違えでしたって発表したところで、『はいそうですか』ってなっておしまいだろ?」
「あ、そうかも。じゃ、どうすんの?」
「どうするも何も噂の方は最初から当てにしてない。俺達の一番の目的は巨大な地下壕が存在するかどうかだからな」
「それが見つかればオカ研にとっても歴研にとっても成果になるってことか」
「そういうこと。篠原、地下壕に繋がる穴はどの辺にあるんだ?」
「ちょっと、待って」
篠原はスマホを取り出して、地下壕の地図と現在の地図とで照らし合わせて確認している。
「地図上だと、ここから見て貯水池の右奥の壁伝いをいった先の角の方にあるはずだと思う」
「おっしゃ、任せろ」
スマホのライトを点けていた石塚が身を乗り出して篠原に言われた通りの方向に光を向けた。
しかし、スマホのライトでは明かり不足で近くの水面を光がチラチラと反射するのがかろうじて見えるくらいで、肝心の貯水池の壁は真っ暗なためてんで見えない。
スマホのライトでは光量が全くもって足りていないらしい。
「駄目だ。全然、見えねぇ! どうする、ライトになりそうな物なんてスマホしか持ってきてねぇぞ」
それは俺も篠原も一緒だった。
「クソッ! 諦めるしかないのか!?」
石塚が投げやりになっていると後ろの方でガサゴソと音が聞こえた。
「ここは、ボクの出番のようだね」
不敵な笑みを浮かべた星越がもったいぶるように大きなリュックパックから、これまた大きな懐中電灯を取り出す。
「お、おおーー! 星越、ナイスだ! 最高だ! それ、貸してくれ!」
光明を見出した石塚は水を得た魚かのように飛び跳ねる。
星越から大きい懐中電灯を借りた石塚が再度、貯水池に身を乗り出す。
カチッとスイッチが入る音がして、瞬時に目を細める程の真っ白い光が辺りを一斉に照らした。
ここだけ、夜とは思えないくらいにやけに明るかった。
「すげぇなコレ! 明るすぎだろ!」
白飛びしたように明るく、よく見えるようになった貯水池の水は酷く緑色に濁っていた。
プール開き直前の屋外で水を張ったまま放置されたプールや城の近くに残されている堀の水を思い出してもらえばわかると思う。
まさに、あんな感じだ。
「どうだ? ありそうか?」
「う〜ん、パッと見た感じはそれらしいのは見当たらないけど……もう少しあっちの方をよく照らしてみて」
「おっけー」
石塚が懐中電灯で光を照らして、篠原が地図を手掛かりに指示を出す。
この二人、何気に相性が合っているのかいい連携プレーをしている。
「ん? 石塚、ストップ! 今のとこ、もう一回よく照らして」
小さな違和感を感じたのか篠原が鋭く石塚に指示を飛ばす。
「わ、わかった。この辺でいいか?」
「うん、大丈夫。……新庄、あそこの壁なんか変じゃない?」
「え? あそこってどの辺? 遠すぎてよく見えない」
「はいよ」
「ありがとう、星越」
俺は星越から手渡された双眼鏡を構える。
「いや、待てよ! なに、自然な感じで双眼鏡なんか渡してくんだよ! なんで双眼鏡なんか持ってんだよ!」
「使うかもしれないと思って、一応」
「すげぇな、用意周到かよ! ありがとうな!」
星越が双眼鏡を持っていたことには驚いたが、ここは遠慮なく使わせてもらおう。
「星越、あとで僕にも使わせてくれないか?」
「いいよ」
俺が双眼鏡を覗き込んでいる後ろで、篠原と星越がレンタル契約を結んでいる。
そんなことは気にせず、俺は双眼鏡越しに目を凝らす。
篠原が指さしていたところをよく見ると篠原が指摘するように違和感があった。
懐中電灯の光が当たっている壁はほとんどが白く照らされているが、一部水面から飛び出たようにかまぼこ型の影ができていた。
水に浸かっているせいで全容はわからないが、おそらくこれが地下壕に繋がる穴なのだろう。
「あれか。あの影になってる部分だろ? 双眼鏡で見るとよくわかるが、確実に空洞になっている」
俺は篠原に双眼鏡を手渡す。
「……間違いない。地図との位置も合致している。紛れもなく、あの先には地下壕が続いている」
長い時間が経過したことにより、水位は上昇してしまったのか今では四分の一程度しか水面から顔を出していない。
そのため、ここから地下壕に侵入するのはやはり難しいな。
「さすがに、この汚い水の中を潜って行くのは無理だぞ」
石塚がどうやって地下壕に行くんだよとぼやく。
「問題ない。ここから地下壕に入って行こうなど、最初から考えていない。終戦の前後に地下壕の放棄を決めていた場合、存在を隠すために水位を上げるなどの対策をしている可能性は考慮していたからな。地下壕への目ぼしいルートは他に見つけてある」
「そいつは、よかった」
地下壕を諦めないで済むと石塚は一息つく。
篠原が言っている目ぼしいルートというのは変電所の近くにあったという出入り口のことなのだろう。
その話は石塚と星越にはしていなかったからな。
「にしても、やっぱりうめき声なんか全然聞こえねぇじゃんかよ」
少しはまだ期待していたのか、待てど暮らせど聞こえてこないうめき声に石塚が口を尖らせる。
地下壕へ繋がる穴が見つかったとはいえ、やはりうめき声は聞こえない。
俺達が想像した突飛な予測は単なる妄想だったのかもしれない。
それでよかったような、少し残念なような複雑な気持ちだ。
「所詮は噂話かよ」
石塚が足元にあった小石を貯水池へ投げ入れる。
ポチャンと音がして、貯水池の波打った水面が懐中電灯の光を反射してキラキラ波打つ。
ちょうどその時、南西から強い風が吹いた。
すると、地下壕に続いていると思われる空洞の方から妙なくぐもった音が聞こえた。
「おい、これって!」
その場にいた全員が即座に耳をそばだてる。
よく耳を澄ませてみると、それは空洞に向かって風が吹き抜ける音であり、波打った水面の高さによって音が変わっているようだった。
そして、あるタイミングではたしかにうめき声のような音に聞こえなくもない。
「これがうめき声の正体だったってことか!?」
「そういうことになるね」
石塚の拍子抜けした声に篠原はいたって平静に反応する。
「地下壕へ続くこの空洞に風が吹き抜けることによって、こういう音が鳴るらしい」
なるほど、噂話のうめき声の正体は絶妙な水位でこの空洞を風が吹き抜ける音だったようだ。
この地域では、昼と夜で風向きが変わることがあると耳にしたことがある。
夕方から夜にかけて南西から吹く風の風向きがちょうど空洞のある方向のため、遅い時間でしかうめき声が聞こえなかったのだろう。
うめき声の正体にたどり着いた俺達一同は拍子抜けもしていたが、どこか安心しているようでもあった。
特に、俺や篠原が……
あと、星越は星越で、俺達とは違う意味で安心しているようだったな。
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