第十三夜 仕事終わりの一杯
俺と篠原が蔵の中で書物や資料を束にしてまとめて、それを石塚や星越達が母屋に運んでいく行程を何度か繰り返して、ようやく運び終えることができた。
まだ、所々は戦争に関する物が残っていそうだが、それは篠原が後日一人でやるらしい。
必要なら手伝おうかと聞くと、篠原はこれぐらいなら一人で十分だから手伝いはいらないということだった。
蔵の外に出ると、太陽はとっくに傾いていて空は赤く染っていた。
俺達は一体何時間くらい蔵の中にいたんだろう。
それくらいに時間感覚が狂っていた。
蔵の中からだと外の様子や明るさがわかりにくく、時間経過を感じられなかったせいかもしれない。
長時間冷房に当たれていなかったこともあり、俺達は汗だくだ。
石塚と星越も途中からは母屋で涼んでくることもなく、せっせと運んでくれていた。
「全員、少し休んでいってくれ」
最初に案内されたリビングのような広間に戻ると篠原は飲み物を取ってくると言って、キッチンの方へと消えて行った。
大きな窓を開け放って縁側の近くで俺達は疲れた体を伸ばしきっていた。
広間の方から伝わってくる冷気が火照った体を癒すように冷やしてくれる。
これまで浴びてきた冷房の中で、一番気持ちいいかもしれない。
ぐでぇ〜っとなった石塚と星越を見て、俺は仰向けにひっくり返る。
チラリと横を見たら、縁側の端の方に俺達が運んできた書物が山積みになっている。
あの量を運んでいたのかと思もうと、どっと疲れが出てきた。
カランと涼し気な音がして、俺は仰向けに目線を戻す。
下から見上げる形で、篠原が氷の入った麦茶とソーダ味のアイスをのっけたお盆を持った姿が見えた。
「ささやかだけど、これは今日手伝ってくれたお礼だ」
お盆を置いて、篠原も俺達の隣に腰を下ろす。
死んだようにぶっ倒れていた石塚と星越もお盆にのっている物が見えると生気が蘇ったように飛びついた。
二人とも真っ先に麦茶のコップを手に取り、勢いよくゴクゴクと飲み干していく。
「プハーッ! 最高!」
「ふぅ〜〜……生き返る」
二人がそんな風に美味そうに飲み干すので、俺もすかさずコップを手にして一気飲みする。
「あ〜〜、うめぇ〜〜! 麦茶って、こんなに美味かったっけ?」
疲れた体に麦茶を癒しとして与える。
仕事終わりに大人達がビールを美味そうに飲む気持ちが、未成年ながらにも少しわかった気がする。
同じ麦だしな。
……ちょっと違うか。
「ありがとうな、篠原」
俺達が飲むのを見届けてから、最後にコップに手をつけた篠原に俺は礼を述べる。
「こちらこそだ。新庄……いや、オカ研がいなかったらこんなに早く終わらなかった。まさか、一日で終わるとは思ってもみなかった。本当にありがとう」
飲んでいた麦茶のコップから口を離して篠原は頭を下げてきた。
「いいってことよ。困った時はお互いさま、持ちつ持たれつだ」
石塚と星越は早速、アイスを食べていた。
シャクシャクといい音を出して、美味そうに食ってやがる。
「そう言ってくれて、嬉しいよ」
羨ましそうに石塚達を見ていたのがバレたのか、篠原が食べてどうぞとアイスを差し出してきた。
「悪い、ありがとう」
アイスを受け取った俺は包装を破って木の棒を手に持ち、ソーダ色の四角いアイスを大きくかじる。
氷の冷たさとこれぞ定番といったソーダ味が口いっぱいに広がっていく。
頭がキーンとなることはないが、口の中の温度が急激に下がって吐く息が冷たくなっている。
体の外からも内からも冷やされることで、芯にこもっていた熱気が一気に発散される。
「ところでなんだが、篠原。折り入って相談があるんだが」
アイスを半分程食べて、木の棒がアイスの中から出始めた頃に俺は重要な話を切り出した。
「オカ研のことを手伝って欲しいってことだろ?」
本題に入ろうしたところで、篠原に先手を打たれてしまった。
「そ、そうだ。なんで、わかったんだ?」
「いや、わかるだろ。この時期に、僕に相談したいことなんてそれぐらいしかないだろう」
全くその通りである。
「例の中庭に関する噂の情報を収集してまとめたとこまではよかったんだが、そこから先をどうすればいいのかわからなくて行き詰まっているんだ」
「要するに、その噂話をどう成果として発表すればいいのかわからないと」
「そう、それ!」
「わかった……今日見つけた資料の整理が片づいたらオカ研の方も手伝うよ。こうやって、手伝ってくれたお礼としてね」
とっくのとうにアイスを平らげて縁側でゆっくりと涼んでいる石塚達を見て、篠原はやれやれといった感じで言ってくれた。
「本当か!? 本当にいいのか!?」
「いいって言ってるだろ」
両肩に置かれた俺の手を鬱陶しそうに篠原が振り払う。
「それに、今日の手伝だいは僕にもオカ研の手伝いをして欲しいって魂胆が少なからずあったんだろ?」
「わかっていたのか……悪い」
「謝らなくていい。今日、助かったのは事実だからな。今度は僕の番だ」
「ありがとう」
「でも、この集めてきた資料の整理が優先だからな」
縁側の隅で山積みになっている戦争資料に篠原が目配せする。
「あぁ、わかってる。整理が終わるまで、どのくらいかかりそうなんだ?」
「そうだなぁ……数日くらいあればある程度は終わると思う。祖父がいれば、もっと早く終わるんだけど」
「あの量を数日で終わせられることに驚きだわ。篠原のじいちゃんはその……亡くなっているのか?」
「大丈夫、入院中なだけだから。祖父が一番、この家の昔のことについて詳しいから聞ける機会があったらいろいろ聞いてみる」
「そうか。資料の整理も手伝ってやりたいが、俺達には手伝えそうにないからな……応援だけはしてるぞ」
「別に応援されるようなことでもない」
残っていた麦茶を飲み干すと篠原は立ち上がって、空いたコップやアイスのゴミを片しにまたキッチンの方へと消えていった。
ふと、スマホを見てみると21時を過ぎていた。
外では、沈みかけた太陽がラストスパートをかけるように赤々と燃え上がっている。
「もう、こんな時間か……俺達はそろそろ帰るか」
自分の家のようにくつろぎ出していた石塚と星越に俺は一声かける。
「そうするか。腹も減ってきた頃だしな」
大きく伸びをした石塚がムクリと起き上がる。
「賛成。疲れたから、ボクは家でもう寝たい」
俺達が帰り支度をしているところに篠原がキッチンから戻ってきた。
「なんだ、帰るのか? なら、家の外まで見送ろう」
俺達は玄関からではなく、縁側から篠原の家を出た。
靴も縁側に置きっぱなしだったため、わざわざ玄関から出る理由がなかったからな。
庭を突っ切って玄関アプローチを通り、あの立派な門をくぐる。
振り返って、改めて見えた篠原の家はやっぱり大きかった。
「今日は手伝ってくれて本当にありがとう。とても助かった」
最後に篠原がもう一度、俺達に礼を言ってペコリと頭を下げる。
「いいって、いいって。気にするな」
「ナコト写本は見つからず、とても疲れたが、興味深い経験だった」
石塚と星越はそれぞれにどういたしまして的なことを言う。
「助けになれたのならよかった。次は、オカ研のことを助けてくれよ?」
冗談めかしに俺は篠原の横腹を小突く。
「や、やめろ! わかっている、ボクは誰かに貸しを作るのは嫌いなんだ。だから、必要な時はいつでも力を貸そう」
くすぐったそうに体をよじった篠原を見て、俺は篠原がくすぐりに弱いことを見逃さなかった。
この弱点は今後、何かの役に立つかもしれないと密かに悪巧みする。
「その時は頼む。じゃ、俺達は帰るな」
「あぁ、じゃあな」
手を挙げた俺達に篠原も手を振り返す。
そうして、篠原は俺達が見えなくなるまで見送っていた。
本当に律儀な奴だ。
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