第十二夜 雪崩は押さえても止められない
俺が最初に手に取った物は乱雑に積まれてあった紙の束だった。
紙の見た目からすると、かなり古そうで平成の時代の代物ではないはずだ。
たしか、篠原は書かれている文字を見ればなんとなくわかると言っていたな。
それを思い出して、俺は紙の束の一番上を何枚かめくって書かれている文字を確認することにした。
「これは……」
見るとそこには墨と筆で書かれたであろう、ミミズがはったような字が記されていた。
「どう見ても、江戸時代とかに書かれたやつだろ」
本当に江戸時代の書物があるのかよと、俺は目を丸くする。
だが、俺達の目当ての物はこれではないので手に取った古い紙の束をわかりやすく隅に寄せておく。
次に手に取ったのは紐で留められた表紙のない冊子で、めくるまでもなく書かれている文字が見えていた。
ミミズがはったような文字ではなく、ある程度は楷書で書かれているため江戸時代のものではないだろう。
所々に見知った漢字もいくつか見受けられた。
「なんとか糸? ……あっ、生糸か!」
おそらく生糸と書かれた文字のすぐ下には漢数字のようなものが書かれていた。
もしかすると、これは帳簿のようなものなのだろう。
何頁かめくると、「明治三十年六月」と書かれていた。
この帳簿のような冊子は明治に作られた物らしい。
けど、これも俺達が探しているものではない。
中々に、戦時中の資料が見つからないな。
「おい、新庄! ちょっと、来てくれ」
俺から二歩、三歩離れていた場所で探していた石塚から声がかかった。
「何だ? 今、そっちに行く」
持っていた冊子をさっきの紙の束の上に置いて、俺は石塚の元とへ向かう。
「どうしたんだよ? 何か見つけたのか?」
「あぁ、ちょっとコレ見てくれ」
石塚が見せてきた横長にめくれるようになっている紙の束には、明治の帳簿よりもこっちの方が普段目にする漢字が多い。
そして、漢字とカタカナを併用している形式で書かれていて、いかにも昭和前期風な感じがする。
「どう思う? 書いてあることはよくわからないが、見た感じ戦時中のぽくね?」
「俺もよくわかんないが、そうだと思う。まぁ、間違っていてもいいから、それっぽいやつは外に運び出しておこうぜ」
「そうするわ」
そう言って石塚が外に運び出そうと動いた時、たまたま近くにいた星越にあたってしまった。
石塚の方が星越よりも体格がいいため、石塚はびくともしなかったが星越はよろけてしまい、近くに積まれていた書物を倒してしまった。
「あっ、わりぃ! 星越!」
一度どこかが倒れると、周りに積まれてあった書物もバランスを崩して雪崩のように足下に落ちていく。
「大丈夫。石塚はそれ、先に運び出していいよ。片付けは、こっちでやっとくから」
両手の塞がっている石塚を一瞥した星越が先に行けと石塚に言う。
「けどよ……」
「俺もそうした方がいいと思うぞ。先に運んで、まだ片付けが終わってなかったら手伝ってくれればいいさ」
「……わかった。運び終わったら、すぐに戻ってくるわ」
申し訳そうにしながらも石塚は外へと運びに行った。
「あっ、えっと……石塚だよな? 見つかった資料は母屋に運んで欲しいから、ちょっと待ってくれ。案内する」
石塚が蔵の外へ運び出そうとする姿を見た篠原が慌てて、石塚の元へ駆け寄る。
二人ともぎこちなさそうにしているが、上手くやっていこうと頑張っていた。
「俺達は俺達で、こっちを片付けるか」
「そうしよう」
足下に散らばった書物の中には、表紙に色がついている冊子がいくつかあった。
長い時間が経ったことで経年劣化により色は褪せていたが、よく見ると紫や赤、ピンク色だったことがわかる。
「古そうな物なのに、結構カラフルなんだな」
俺が不思議に思ってそう言うと、星越も同意するように頷いた。
表紙には文字も書かれていたが、達筆だったのとかすれていたこともあって俺には読むことができなかった。
まぁ、さっき石塚が運んでいった昭和の物っぽい紙の束の近くにあったことだし、きっと同じ時期ぐらいの物だろう。
はっきりしたことはわからないが、とりあえず運んでおくことに越したことはない。
もう一度、この蔵の中からこれを探し出せる自信もないしな。
「この辺も一応、運んどくか」
「なら、ボクが持って行く」
カラフルな表紙の冊子も含めて、散らばっていた書物をある程度まとめた束を星越が抱きかかえるように持ち上げる。
それでも、雪崩のように落ちた書物は依然として足下に多く散らばっていた。
「今ならまだ、石塚達に追いつけるだろうし」
「そうだな。じゃ、頼むわ。俺は残ってる書物をまとめておくから」
星越は石塚達を追いかけるように足早で抱えた束を持って蔵を出て行った。
一人残った俺は散らばった書物をかき集めて、運びだしやすいようにまとめ始める。
大体、一束の高さが50センチぐらいにしておこう。
それ以上だと両手で抱えきれなくて、運んでいる途中に崩れ落としてしまう可能性がある。
しばらく、黙々と作業をしていると最初に篠原が母屋の方から帰って来た。
「大丈夫か? だいぶ崩れ落ちたみたいだな。僕も手伝うおう」
「お、サンキュ。片しても、ちょいちょい崩れてきてな。一人じゃキリがなさそうだったんだ。その辺が崩れやすいから、少し押さえておいてくれ」
「わかった」
俺が指をさしたところを篠原は中腰になって両手で押さえる。
しかし、押さえが甘かったのか一つだけ冊子になった書物がバサッと開いて篠原の足下に落ちてしまった。
「あーいいよ。それは俺が取るか――」
俺がそう言い切る前に篠原は物凄いスピードで落ちた冊子を拾い上げていた。
拾い上げたということは、篠原が押さえていた手がなくなったということで……
崩れかけていた書物の山がザザッと崩れていた。
「おい、篠原! なんで、押さえてた手を離しちまうんだよ!」
何やってんだよと俺が訴えても、篠原はうんともすんとも言わない。
拾った冊子をただ凝視している。
「し、篠原?」
様子がおかしかったので俺は一度手を止めて、篠原が凝視している冊子が何なのか立ち上がって覗き込んでみる。
冊子には、何やら漢数字らしき字がいっぱい書いてあった。
「何だこれ? これがどうかしたのか?」
「……あの変電所について書かれてる。それも、おそらく戦時中の」
遅れて反応を示した篠原が興奮を隠すように低めの声で言う。
「変電所って……学校の近くにあるっていう、戦争遺跡の変電所のことか?」
「そうだ。ここには変換した電力量と軍需工場へ送電した電力量が書かれている。もしかすると、この辺には戦時中の似たような書物や資料が他にもあるかもしれない」
辺りを見渡すとたしかに、篠原が今持っている冊子の紙と同じような紙質の物がたくさん見えた。
「なら、ここから中心に運んでいった方がよさそうだな」
「そうだな」
ということで、俺達は篠原が変電所に関する戦時中の資料を見つけた場所を中心に書物をまとめることにした。
二人がかりでやっていることもあって手際もよく、早くも三つの紙の束が積み上がっていた。
そこへ、ちょうど運び終わった石塚と星越が帰って来た。
「おー、二人ともナイスタイミング。そこにある束を三つ、一人一束づつ持って行ってくれ」
「なっ、もうこんなにまとめ終わってんのかよ」
「ボク達だけ、重労働すぎない?」
蔵と母屋を往復して疲れを見せていた二人が文句を言う。
「まぁ、そう言うなよ。向こうで涼んできたんだろ? その様子を見るに」
「……よくわかったな」
石塚はバツが悪そうに頭をかく。
「あれだけの量を運んでいったのに、二人ともあまり汗をかいてないからな」
紙とはいえ、あの量だ。
それなりの重さにはなる。
それを炎天下の外を通って運んでいったのに、運ぶ前よりも汗をかいていないのは不自然だからな。
それに、蔵の中は日が当たらなくとも湿度が高い。
俺も篠原も肌にじんわりと汗をかいている。
一方で、石塚達は母屋の冷房で涼めているんだ。
これぐらいの重労働はしてもらってもバチは当たらないだろう。
「それでか……わかった。オレらで運んでおくよ」
星越は嫌がっていたが、石塚が納得して運んでいったことで渋々と残された束を持って後をついて行った。
三つの束は綺麗さっぱりになくなっており、俺達は新たな束を作るためにまた齷齪と他の書物をまとめ始めた。
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