第十一夜 お待たせしました、我が家の蔵です
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
玄関から取ってきた靴を履いて、縁側に腰をかけながら待っていた俺達のところに、見るからに古そうな錆びれた鍵を手にした篠原がやって来た。
篠原を先頭に日本庭園のような庭を右奥へと向かって俺達はぞろぞろと歩く。
すると、すぐに高い木々の合間から立派な蔵が見えてきた。
まさに、イメージ通りの蔵という感じの蔵だ。
高い木々のおかげで蔵の付近は日影になっており、風が吹くと外でも幾分か涼しく感じる。
「うおっ! 本当に蔵だな」
蔵の前まで来たところで石塚が俺と同じ感想を漏らす。
白の漆喰に中心は丸み帯びつつも四角く黒色になっている男戸と女戸が観音開きに開いている。
たらいの部分は、漆喰の白色が額縁のよう見えるため黒が余計に目立つ。
蔵の入口となる網戸には、これまた古そうな錆びついた錠がついている。
一番前に立っていた篠原が錠に鍵を差し込む。
篠原が持ってきた鍵は上部分が小さな丸の輪っかになっており、細長い棒の先端には長さの異なる小さな突起が二つ付いている。
鍵としては非常に簡素なもので、もしかするとこの蔵はそこまで重要なものを保管していなかったのかもしれない。
「他にも似たような蔵がたくさんあったって言っていたが、いつ頃まではたくさんあったんだ?」
錆ついてるせいか、ガチャガチャと解錠に苦戦している篠原の後ろ姿に俺は投げかける。
鍵を開けるのに集中していた篠原を邪魔するのは悪いかなと思ったが、開くまでに時間もかかりそうだったので遠慮なく話しかけることにした。
話しながらやっている方が余計な力も抜けて開けやすくなるかもしれないしな。
「え? え〜っと、たしか、戦時中までは他にもあったって言ってたかな。サイパン島が陥落して、アメリカ軍のB29戦略爆撃機によって空襲が激化した時に他の蔵は全部燃えて破壊されたらしい。唯一、高い木々のおかげで見えづらい位置にあったこの蔵だけが運良く空襲の被害を免れて残ったみたいだ」
いろいろと手を動かしながらも篠原は嫌な顔一つせずに答える。
俺が聞いた内容が歴史という篠原の好きなことに関係していたことがよかったのであろう。
「空襲の被害を受けた蔵にあった物はどうなったんだ? 全部燃えちまったのか?」
話を聞いていた石塚も興味を持ったようで、篠原に問いかける。
「いや、一部は燃えずに無事残っていた物もあったらしい。それらを急遽集めて、この蔵に保管したって聞いてる。元々、この蔵は貿易で仕入れた物を保管するというよりも篠原家の物を保管するための私的利用だったらしいんだけど、空襲の被害から免れてきた他の重要な保管物を入れるために中にあった物は全部出されて防空壕に移し変えたらしい」
「だから、その蔵の鍵はそんなに簡素なのか。貿易で仕入れた物を保管している蔵の鍵としては、簡易的だなと思っていたんだ」
俺は篠原が苦戦している鍵と錠を後ろから覗き込む。
「その通りだ。蔵の移し替えが行われたのは戦争末期だったからな。戦況も悪化してて金属が不足している時に新しく頑丈な鍵も錠も作れなかったらしい。逆に、金属でできていたこの鍵と錠が軍から没収されてないことの方が僕は驚きだよ」
渋谷にあるあの忠犬ハチ公の像ですら武器、弾薬にするために溶かされた時代だもんな。
軍にバレずに没収されなかったのは奇跡みたいなもんか。
「戦後、蔵にあった物はGHQに接収されたり、貿易業を営む懇意にしていた会社に譲ったみたいだ。それを機に事業はやめて、広大な土地だけが残ったって感じかな。それでも、僕の父が生まれる頃にはその広大な土地もほとんど売ったみたいだけど」
土地だけが残っているだけで金持ちでも何でもないと、篠原は最後にそう締めくくった。
「ってことは、この中に入っているのは?」
「防空壕に避難させていた篠原家の物だよ」
篠原が言ったのと同時に、錠がカチャリと鳴った。
ようやく、解錠できたようだ。
長年開けられていなかったせいか篠原一人では開かず、この中で一番力が強い石塚が手助けに入って二人がかりで力いっぱい横方向に引っ張る。
嫌な音を立てながら網戸はジリジリと開いていく。
「くっ!」
石塚の最後の人絞りで網戸は完全に開いた。
開いた先の蔵の中は日中であることが嘘のように暗い。
蔵の天井近くにある小さな小窓からかろうじて太陽の光が差し込んでいる。
「いくら日影でも、さすがに暑いな」
力仕事を終えた石塚が汗ばんだ額を拭う。
篠原も疲れたのか肩で息をしているのがわかるくらいに、両肩を上下に動かしている。
二人が一息ついたところで、俺達は蔵の中へと足を踏み入れた。
中へ一歩入るとホコリぽい匂いと古い紙の匂いが鼻をつく。
しかし、決して不快にはならなかった。
むしろ、癖になりそうな匂いだ。
外から見た時よりも蔵の中は暗く、天井近くにある小さな小窓と入り口から差し込む太陽の光があたっている場所だけは、ホコリがキラキラと輝いて舞っているのがわかる。
篠原が手探りで何かゴソゴソと手を動かしているとカチッと音が鳴って、遅れてオレンジ色の光がゆっくりと蔵の中を照らした。
ちょうど俺の頭上に裸電球がぶら下がっていて、フィラメントが懸命に光を灯している。
電球のおかげで明るくなった蔵の中にはおびただしい量の書物や木箱、おわんなどの古い食器類が見渡すかぎりに置かれていた。
奥には木で作られたはしごもあり、蔵の天井ギリギリまでにも古そうな書物がたくさん鎮座している。
「すげぇ〜な」
「あぁ、圧巻だ」
「ここになら、ナコト写本があるかもしれない」
俺達三人は上を見上げて驚嘆の声を上げていた。
こんな景色を目の当たりにするのは生まれて初めてだ。
そんな俺達の感動を他所に、篠原はこの光景が至極あたり前のように気にすることなく、一人でさっさと蔵の中を物色し始めていた。
「……俺達もやるか」
「だな」
篠原の姿を見たせいで情緒を削がれた俺達は篠原を見習い作業に取りかかることにした。
「篠原! 俺達は最初、何したらいい?」
物色のため、俺達から離れたとろにいた篠原に俺は呼びかける。
「そうだな、とりあえず最初は戦争当時の物と思われる資料を蔵から運び出したい。たぶん、同じ時期の物はそれなりにまとまってあると思うから、昭和前期頃の資料っぽいのを見つけたら随時運び出してくれ。書かれてる文字とか見たら大体わかると思う」
この量の中から戦時中の物だと思われるのを探すのか……
篠原も簡単に言ってくれるもんだ。
「わかった。やれるとこまで、やってみる」
ともかく、やらないことには始まらない。
俺達は気合いを入れて、手近なところから探し始めた。
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