第一夜 廃部通牒
ボォーーっという音を響かせながら鳥肌が立つほどの冷気を流し込んでくるエアコンが馬車馬のようにこき使われている。
それもそのはず、最近の夏の暑さは尋常ではない。
最高気温が40度近くになるのはあたり前、水泳の授業では外の気温が高過ぎるという理由でプールに入れないこともしばしば。
これは水泳に限ったことではなく、外体育や外の部活動も同様である。
水温や気温が低いためプールに入れないというのはよくあることだが、高過ぎて入れなくなる日が来るとは数年前までは考えもしなかった。
この猛暑でかろうじてよかったことと言えば、この暑さでセミの数が年々減っているおかげか鬱陶しい鳴き声が軽減されたことぐらいだろう。
高温化の影響でアブラゼミが激減したらしい。
一方で、クマゼミは増加傾向にあるとか。
うだるような外の暑さとは打って変わって、この職員室はこれでもかとキンキンに冷やされている。
腕まくりをしたワイシャツ姿では肌寒くすらある。
教室では冷房の設定温度を高めに設定し、生徒が勝手に下げると叱って来るくせに、自分達は思う存分に下げた設定温度で快適に過ごしているらしい。
と思ったが、女性陣の先生方は薄手のカーディガンを羽織っている人が多く、全員が全員快適に過ごしているとは言えなそうだ。
ここの空調は完全に男性陣、特に年配の先生方に合わせられているようだ。
こういうところに日本の古くからの男尊女卑は根深く残っているんだろう。
どちらにせよ、生徒が効きの悪い設定温度で勉学に励んでいるというのに、大人達は贅沢に冷房を使っている点が生徒から反感を買うことがなぜわからないのかがわからない。
「おい、新庄! 聞いているのか!?」
窓の外から見える太陽の業火に照らされている木々を見つめながら、話そっちのけで考えにふけっていた俺に対して鋭い声が飛ぶ。
今日は一学期の終わりを告げる終業式の日だった。
明日からは晴れて夏休みというすがすがしい気分を送れるはずだった放課後に、俺は学年主任兼部活動主任である高山から職員室に呼び出されていた。
そして今、俺の目の前には強面でいかにも学年主任らしい男性教師の高山がいる。
「あ、すいません。それで……えっと、なんの話でしたっけ?」
高山の退屈そうな話を全く聞いていなかったことを俺は笑って誤魔化す。
「ったく、人の話はちゃんと聞くようにと小、中学校で習ってこなかったのか? 新庄が所属している部活の話だ」
「オカ研がどうかしたんですか?」
俺の学校は全校生徒が何かしらの部活動に入ることを強制としている。
だが、俺は運動部にも文化部にも入りたくなかった。
唯一入りたかった帰宅部はこの学校にはないらしく途方に暮れていたところ、同じ思いを持った二人の友達に出会ったことで俺達は「オカルト研究会」なるものを作った。
そして、俺はそこで会長をしている。
「そのオカ研だが、今朝の職員会議で廃部が決まった」
「へっ? なんて?」
「廃部だ。廃部と言ったんだ。何度も言わすな」
「廃部って……あの廃部ですか?」
「他にどの廃部があるんだ?」
「な、ないです……それって冗談か何かですか?」
「冗談を言うためにわざわざ呼び出したと思うのか?」
「思いません」
「なら、そういうことだ」
話はこれで終わりだと言うように高山は自分のデスクに置かれている三者面談の資料に手を伸ばし、俺に背を向けようとする。
「ちょっ、ちょっと待ってください! いきなり、廃部だなんてどういうことですか!?」
そうはさせまいと、声を大にして三者面談の資料の上にドンと手をつく。
「なんだ? もう話は終わったぞ。この後にも同じような用件が入っているんだ。用がないなら帰ってくれ」
「こっちは話なんか終わってないですよ! おかしいじゃないですか、いきなり廃部だなんて。俺達、廃部になるようなことは何もしてませんよ!」
「そうだな。新庄のとこの部活は何もしていないな。正真正銘、何もしていない。だから、廃部になるんだ」
「何もしてないから廃部になるだなんて、学校の横暴じゃないですか」
「学校に何で部活があるか知っているか? 部活は日々の授業からは得られない生徒の自主性、協調性、責任感、連帯感を育むためにあるんだ。他にも、自己の成長、体力向上、技能習得、達成感、充実感を得る機会でもある。運動部であれば、大会に出場してより好成績を残すこと。文化部であれば、コンクールで何かしらの賞に入賞すること。そういう目標に向かって日々精進するのが部活動だ」
「はぁ……」
「それを踏まえた上で新庄は学校の横暴だと言っているんだな? であれば、新庄の部活が今までにどんな活動をして、どんな成果を残してきたのか教えてくれ。その内容が部活動としてふさわしいものであったならば、廃部の件については取消しにしてやろう」
「そ、それは……」
オカ研は部活に入りたくなくて作ったものだ。
そんな動機で作ったものがまともな活動をしているはずがない。
オカルト研究会とは名ばかりで、実際は部室でダラダラと漫画を読んだり、お菓子を食べたり、スマホゲームをしたりとやりたい放題に自堕落を満喫しているだけでオカ研らしい活動は一切していない。
そもそも、俺はオカルトなんかに微塵も興味がない。
友達の一人がクトゥルフ神話が好きだったという理由だけで、オカルト研究会と名目上決めただけである。
つまり、実績どころか日々の活動すらゼロに等しいのがオカ研の実態だった。
「人が寄り付かないことをいい事に化学室と化学準備室を勝手に部室化したり、目に見えた成果も上げずに活動とも呼べない活動を続けていたな。今までは生徒の自主性を重んじて目をつぶってきていたが、一向に改善しない現状を鑑みた他の先生方から今朝の職員会議で廃部にすべきという声が上がったんだ。これでも、廃部の処置は学校の横暴だと言えるか?」
「……言えません」
どう考えても正論でしかないため、反論の余地はどこにもなかった。
「だよな。だが、先生もいきなり廃部というのは少し強引だと感じた。そこで、救済措置を与えることにした」
オカ研の廃部はまぬがれないと思っていたところに一筋の希望の光が差し込む。
俺は初めて高山に好意的な印象を抱いた。
「救済措置ですか?」
「そうだ。提示された条件をクリアできたなら、廃部の話は白紙に戻してやる」
「条件って、なんですか?」
ゴクリと唾を飲む。
廃部を白紙に戻すための条件ならば、それ相応の難易度のものが用意されていて然るべき。
受け止める覚悟はしておかないといけない。
「夏休み明けにある文化祭で部として成果を出すこと。それが条件だ」
予想通り、一筋縄ではいかない条件だった。
俺達がこの条件をクリアすることは非常に困難だ。
いや、それどころか絶望的かもしれない。
だとしても、やらなければ廃部を阻止することはできない。
「……わかりました」
「よし。いいか、これが最後のチャンスだからな。廃部を逃れるにはこの条件をクリアすること。譲歩はない」
「わかってます……それで、文化祭っていつでしたっけ?」
「……あのなぁ、自分の学校の文化祭がいつやるかも知らない奴がどこにいるんだ」
ここまで心底呆れ果てた表情を見るのは生まれて初めてだと高山の顔を見て俺は思った。
それと、「ここにいます」という言葉は飲み込んでおくことにした。
「ほれ、9月の6日と7日だ。ここにちゃんと書いてあるだろ」
高山がデスクの端にあった資料の山から手渡して来た文化祭のチラシにはたしかに9月6、9月7日開催と書かれていた。
あまりにも興味がなさ過ぎてこれぽっちも気づかなかった。
そもそも、こんなチラシを貰った覚えがない。
「二学期が始まってから一週間もないじゃないですか。実質、夏休み中に成果を出せってことかよ……」
「なんだ? 不満か? こっちは条件の期限を明日にしてやってもいいんだぞ?」
「すいません。文化祭までで結構です」
ここで即座に平謝りしなければ、危うく即刻廃部になるところだった。
「それは残念だな。んじゃ、廃部にならないように頑張ってな」
新米の教師が困り顔で近づいて来ていたことに気づいた高山は、ちょうどいいとばかりに話を切り上げてさっさとそっちへ行ってしまう。
一人ポツンと残された俺は居心地が悪くなり、職員室から逃げるように出て行った。
職員室から出る寸前に「失礼しました」と念のため挨拶はしたが、その声は誰も聞いていなかったように思う。
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