怒り狂う風
戦場の音が、まるで遠くから響いてくるような錯覚に襲われていた。地鳴りのような音、剣と剣が交わる音、無数の矢が空を切る音。すべてが一つに溶け合い、カイの意識は次第に朦朧としていった。
「カイ! 前を見ろ!」
マークの声が耳元で響く。カイは無意識のうちに足を動かし、目の前の敵に剣を振り下ろした。しかし、思うように体が動かず、意識もぼやけていた。
「しっかりしろ!」
セリナの声が再びカイの耳に届く。彼女は冷静に敵を切り払いながら、カイを引き寄せてくれる。しかし、戦場の激しさは日に日に増していた。もはや冷静でいることができる者はほとんどいなかった。
そして、その時だった。カイが視界を上げた瞬間、目の前でマークが叫び声を上げた。彼は体を震わせながら、手のひらを空に向けて開くと、突然、周囲の空気が重くなり、巨大な岩が地面から浮かび上がった。その岩は無数に生み出され、まるで大きな礫の雨のように、帝国兵士に向かって放たれた。
「マーク! やめろ!」
カイは急いで声をかけたが、マークはすでに自分の手の中にある力をすべて使い果たしていた。彼の魔法が暴走し、岩が空を切り、帝国兵士たちに容赦なく降り注いだ。
だが、その中で不意に、マークの魔法が予想外の方向に向かってしまった。セリナがその場にいたのだ。マークの生み出した岩の一つが、セリナに命中した。
「セリナ!」
カイは声を上げて走り出した。マークもその異変に気づき、必死にセリナのもとに駆け寄った。しかし、時すでに遅し、セリナは地面に倒れ込んでいた。
「セリナ!」
カイがその場に跪き、必死に彼女を揺り起こそうとする。しかし、セリナの目はすでに閉じられており、彼女の体にはもう生命の温もりは感じられなかった。
カイの胸が引き裂かれるような痛みに包まれた。自分の目の前で、好意を寄せていた上官、戦友が死んでいく。その現実をどうしても受け入れることができなかった。
「セリナ……」
カイは言葉を失い、ただその場に立ち尽くすしかなかった。その背後で、マークが震える手でセリナの顔を見つめ、呆然としていた。
「俺が……俺が……」
マークは自分を責め、言葉にならない言葉を呟いていた。その様子を見たカイは、思わずマークに歩み寄り、肩を叩いたが、心の中で彼を責めることはできなかった。状況が状況だ。誰もが自分の命を守ることで精一杯だった。
だが、その時、カイの体内で風が渦巻き、異常な力が湧き上がった。セリナの死に対する怒り、無力さ、そして悲しみが渦を巻いてカイの体を支配していく。風属性の魔法が暴走し、周囲の空気を引き裂いていった。
「こんなところで終わらせるわけにはいかない……!」
カイの目が鋭くなり、風魔法の力がさらに強まる。周囲の空気が震え、カイはその力を抑えることができず、無意識のうちに帝国軍の陣地に向けてその力を解放してしまう。
「まさか……!」
帝国軍の兵士たちはその力に驚き、反応が遅れた。カイの暴走した風魔法は、竜巻のような勢いで帝国軍を吹き飛ばし、数人の兵士がその力に飲み込まれた。カイの力が暴れまわる中で、数百メートル先の軍勢が吹き飛ばされ、土煙が上がった。
その瞬間、戦場が一時的に静まり返った。帝国軍はその予想外の攻撃に動揺し、撤退を余儀なくされる。カイの暴走によって、一時的に戦線が後退し、王国側はその隙に防衛線を再構築することができた。
だが、その代償は大きかった。セリナの命を奪った罪悪感に、カイは深く苦しんでいた。彼は自分の力が制御できず、仲間を傷つけ、死なせてしまったことを一生悔い続けることになるだろう。
「セリナ……」
再びその名前がカイの口から漏れ、彼の心に重くのしかかる。どんなに強くなったとしても、セリナを守れなかったこと、彼女の死を無駄にしてしまったことが、カイを深い絶望に沈ませていった。