最後の希望
戦場の空は、決して晴れなかった。厚い雲が重く垂れこみ、風は冷たく吹きすさぶ。昼夜を問わず、空は暗く、まるで戦争の終わりを示唆しているかのようだった。戦いの中で死ぬことが当たり前のようになっていく中、カイはただひたすらに目の前の敵を倒すことだけを考えていた。
「カイ、前だ! もう少しで後退するぞ!」
マークの声が響いた。カイは急いで前方を見ると、帝国軍の兵士が次々に迫ってきていた。彼の目はまだ死んでいない。死に直面しても、死ぬことを恐れず戦う目をしている。だが、その目にも疲れが見えてきた。
「セリナ、大丈夫か?」
カイはその隣にいるセリナを見やった。セリナは冷静に剣を構え、雷の魔法を纏わせた剣を構えていた。その姿は、戦場で何度も見たものだったが、今日はその顔に疲労の色が濃く見えた。
「問題ないわ。でも、もう少しでこの辺りも崩れそうね。」
セリナは肩で息をしながらも、冷静に言った。その言葉に、カイはすぐに背筋が凍る思いがした。戦場の中で冷静さを保ち続けるセリナでさえ、疲れを見せ始めている。その中で、カイとマークはどうしようもなく無力だと感じていた。
「それなら、さっさと撤退しろってことだろうな」
マークが呟いた。その通りだ。撤退することが最良の選択だと理解していた。しかし、周囲の状況はそれを許さなかった。敵軍はまだ一歩も引かない。帝国の大軍が王国を飲み込もうと、牙をむいて迫ってきている。
「カイ、マーク! あそこ、突破されたぞ!」
一兵士が叫びながら、カイたちの前に駆け寄ってきた。カイはその言葉を聞き、すぐに行動を起こした。戦場での判断は一瞬の油断で命を落とすことを意味する。だが、どうしても命令が頭から離れなかった。
「セリナ、行こう!」
カイは急いでセリナの方へ走り寄り、手を引っ張った。
「少し待ちなさい。私は、まだこれで引けないわ。」
セリナは一瞬だけカイを見て、冷静に答えた。その目には、決して弱さを見せない。カイは言葉を失い、ただその目を見つめ返すしかなかった。
「だが、敵の数は――」
「わかってる。でも、これが最後の機会よ。今、この瞬間に前線を押し返さなければ、王国は本当に終わってしまうわ。」
セリナの目は真剣だった。彼女はもう、後退という選択肢を取る気はない。カイはその意思を見て、ふと胸が締めつけられる思いがした。
「セリナ、無茶は――」
「無茶ではない。前に進むしかないんだ、カイ。」
セリナの声には、今まで以上の決意が込められていた。それは、死を覚悟してでも戦う覚悟だった。
「行こう、カイ。」
マークが剣を握りしめて言った。その顔に迷いはなく、むしろ前進することを望んでいるように見えた。だが、それは彼自身が持つ責任感から来るものだった。どんなに無理だと分かっていても、彼は戦い続けるしかない。彼は自分の力で、王国を守りたかった。
「よし、行こう!」
カイは力強く答え、仲間たちとともに前線へと駆け出した。
その瞬間、周囲が爆発し、地面が揺れた。空気中の粉塵と煙が舞い上がり、視界が一時的に遮られる。カイは急いで目を開け、前に進んだ。セリナとマークはそのまま、互いの背中を支え合うようにして歩みを続けた。
その先に、敵兵の姿が見えた。数は多く、数倍以上に感じた。だが、セリナはそのまま剣を握りしめ、冷徹に前進した。
「セリナ、行けるのか?」
マークが声をかける。
「大丈夫、行けるわ。」
セリナは微笑みながら言う。だが、その笑顔の奥には深い疲れと、戦いの終わりを迎える準備があるように見えた。
カイはその背中を見ながら思った。
「セリナは、どれだけ戦っても心が折れないんだな。俺は、どうだろう?」
その瞬間、敵の弓兵が一斉に矢を放った。カイはすぐに体をひねり、横に転がった。だが、セリナの姿は見えない。カイは一瞬、焦燥を感じた。すぐに立ち上がり、彼女を探し回った。
「セリナ!」
呼びかけながら前進していくと、すぐにセリナの姿を見つけた。彼女は矢を避けながら、もう一度、雷の魔法を発動させていた。
「カイ、もう少しだ。頑張って!」
セリナが振り返り、少しだけ疲れた笑顔を見せる。
その言葉にカイは心を奮い立たせ、再び剣を握りしめた。彼は決してセリナに負けるわけにはいかない。自分もまた、彼女と共に戦い抜くのだと、心の中で誓った。
戦況は依然として厳しく、どちらも一歩も引かない。だが、カイは感じていた。勝つためには、もう少しの力が必要だと