魔法
風が吹いていた。
訓練場の片隅で、カイはひとり、手のひらをじっと見つめていた。
何かが、体の奥でうごめいている。温かく、鋭く、でもどこか不安定な何かが。
「またぼんやりしてるじゃない、カイ」
セリナの声が背後から聞こえ、カイははっとして振り返った。
その後ろでは、マークが木剣を振っている。
「最近、様子変だぞ。訓練も上の空で」
「……変な感じがするんだ。体の中に、何か……風みたいな」
カイが言い終える前に、空気が震えた。
彼の体を中心に、かすかな風が渦を巻く。枯葉が足元からふわりと舞い上がった。
「やっぱり」
セリナがそっと近づいてくる。
「それ、魔法よ。風の魔法――体や武器に風を纏わせて、動きを鋭く速くする。カイ、あなたにはその素質があるわ」
「魔法……オレが……?」
カイは自分の手を見つめ直した。意識すれば、風は確かに反応する。
だがまだ不安定で、力の制御はできていない。
「でも、なんで分かったんですか?」
「私も魔法を使えるからよ」
そう言って、セリナは指先に意識を集中する。
次の瞬間、バチッという音とともに、指先に雷光がほとばしった。
「私は雷の魔法使い。剣に雷を纏わせたり、自身の速度を上げて動くことができるの」
その言葉と同時に、セリナの姿が消える。
……いや、速すぎて目で追えないだけだ。雷鳴のような一瞬の動きのあと、彼女はカイの背後に立っていた。
「すげえ……!」
マークが驚きの声を上げる。
「それだけじゃないのよ。私は“他人の魔法を理解する力”も持ってるの。あなたたちがどんな属性で、どんな魔法に目覚めているか――おおよそ分かるの」
セリナはそう言って、マークへ視線を向けた。
「マーク。あなたの魔法も、感じるわ」
「え、オレ?」
マークが眉をひそめた。
「たしかに最近、腕力が増した気はするけど……もう一つ変なことがあってさ。地面が突然盛り上がって、岩の塊が飛び出したんだ」
「それも魔法の一種。身体強化と岩の魔法。地から岩を生み出し、射出する……力強くて、実戦向きの能力よ」
「……へえ、実戦向きね……」
マークは苦笑する。
「でもなんか、地味じゃね? カイは風でカッコよく動けるし、セリナの雷とか速くて派手で……オレだけドゴン!って岩投げてるだけっていうかさ。なんかこう……泥臭いんだよな」
「派手さと強さは別よ」
セリナが静かに、しかし断言するように言った。
「岩は守りにも使える。仲間を庇う壁にも、敵を砕く弾にもなる。カイのような速さが活きるのは、あなたのような堅さと重さがあるからこそよ」
「……そっか」
マークはそれでも、どこか納得しきれないような表情で鼻を鳴らした。
「まあ、どうせ岩投げるしかできないしな。カッコつけたって始まんねえよ」
「ふふっ」
セリナが笑う。少女のような、優しい笑みだった。
「そのままでいいのよ、マーク。あなたはあなたのままで、十分に強い。私が保証するわ」
マークは少し照れくさそうに頷き、地面に拳を当てた。
その瞬間、小さな岩が突き上げられ、ボフッと音を立てて宙に飛んだ。
「……よし。もうちょい鍛えてやるか、この岩魔法ってやつ」
「うん。お前の岩、意外と頼りになるしな」
カイが笑いかけると、マークもようやく顔をほころばせた。
セリナは二人を交互に見つめ、心の中でそっと呟いた。
(この二人はきっと、これからの戦場で光にも、影にもなる。だから――今のうちに、育てておかないと)
訓練場の空は、どこまでも青かった。