刃とパンと静かな時間
「力を抜いて。柄を握り込むと、逆に斬れない」
「う、うわっ!」
鋼鉄の音が響く。
カイの剣が土に転がり、マークが横で吹き出した。
「お前それ、鍬の握り方じゃねぇんだぞ」
「……うるさい……」
セリナ中尉は構え直すよう促し、淡々と訓練を続けていった。
カイもマークも泥まみれになりながら、必死に食らいついた。
*
「……よし、ここまで。昼にする」
セリナの号令とともに、訓練が一旦中断された。
兵士たちが天幕の影や木陰に腰を下ろす。
しばらくすると、配給係が木箱を抱えて現れ、手早く昼食を配り始めた。
カイの手に渡されたのは、乾いた黒パンと、ぬるいスープの入った木の碗。
パンは硬く、香りも味もなく、まるで泥を噛んでいるようだった。
「……これ、パンか?」
マークが苦笑まじりに言う。
「まぁ、腹に入れば一緒だろ」
カイもそう言いながら、パンの端をちぎった。
そのとき、隣に腰を下ろしたセリナがぽつりと呟いた。
「王都にはね、美味しいパン屋があるの。中央通りの角、古い石造りの店。知ってる?」
カイとマークは顔を見合わせて首を振る。
「……名前は『ル・ティエール』。朝の焼きたてを狙えば、甘い葡萄パンやクロワッサンが手に入る。バターが染みてて、香りも絶品なのよ」
セリナは、固いパンを口にしながらどこか遠くを見ていた。
彼女の目には、もう戦場ではなく、王都の静かな朝が映っているようだった。
「そんなパン、今食えたら……たぶん泣くな」
マークが冗談っぽく言った。
「ほんとですよ……」
カイもパンを噛みしめながらつぶやく。
「戦争が終わったら……行ってみたいな、その店」
セリナは小さく笑った。
「いいわよ。案内してあげる。もちろん——私の奢りでね」
その言葉に、カイの胸が静かに熱くなった。
それは夢かもしれない。でも、確かにそこに「生きる意味」が一つ、芽生えた気がした。