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敗北の国  作者: Lv:7
2/13

初陣

朝靄のなか、軍営には金属が擦れる音と、馬のいななきが響いていた。

訓練といえるほどの準備もなく、カイたちは前線へと向かうことになった。


「よく聞け」

セリナ中尉の声が、全員の耳に届いた。

「この任務は“前哨戦”だ。重要なのは、死なないこと。それ以外はどうでもいい」


 


仲間の誰かが、緊張のあまり小さく笑った。だがその顔は引きつっていた。

カイも剣の柄を握る手が震えているのを隠せなかった。


「カイ」

馬上のセリナが彼を見下ろす。

「君、走るのは速い?」


「……人並みに、です」


「なら、戦況が崩れたら、すぐ後退しなさい。いい?」


カイはうなずく。

だが、そのとき彼は、妙な感情を抱いた。


それは恐怖でも尊敬でもない。

——守られている、という感覚だった。


 



 


戦場は、想像以上に静かだった。

森を抜け、視界が開けた丘の上。そこに、帝国軍の斥候部隊が展開していた。


「交戦距離、200……もう少し前へ」

セリナが冷静に指示を出す。


カイの心臓は破裂しそうだった。呼吸が浅くなる。

マークが隣で剣を抜いた。


「……やれるか?」


「……やるしか、ないだろ」


 


その直後だった。


「——敵襲ッ!!」


 


矢が唸りを上げて飛来する。

誰かの首が吹き飛び、地に転がった。叫びが上がる。視界が血で染まる。


カイは思考が止まりそうになるのを必死でこらえ、剣を構えた。

だが、震えが止まらない。足が動かない。


「カイ、下がれッ!!」

セリナの声が飛ぶ。


その瞬間、目の前に帝国兵が迫った。


 


——ガンッ!!


 


甲冑がぶつかる音。刃が交錯する金属音。

目の前でセリナが剣を弾き、帝国兵を斬り倒した。


「今じゃない。死ぬのは、今じゃない!!」

彼女の目は、怒っていた。それと同時に、何かを守ろうとしていた。


カイは、初めて理解した。


この人は、誰かを生かすために剣を振るっている。


そしてその“誰か”に、自分が含まれていることに、心が震えた。


 


戦闘は混乱の中で終了した。

敵は退いたが、こちらも多くの犠牲を払った。



夕刻。

戦闘が終わり、カイたちは軍営の天幕へと戻された。

濡れた地面に腰を下ろすと、兵士たちに一つずつ配給の壺が渡された。

温い粥。干した根菜。小さなパン。


それでも、死と隣り合わせの中ではごちそうだった。


 


「食べておけ。明日はもっとひどい一日になる」


そう声をかけてきたのは、他でもないセリナ中尉だった。

彼女も自分の分を受け取り、近くに腰を下ろす。


カイは思わず、目を見開いた。


「中尉殿も……一緒に?」


「将校だろうと、飯の味は変わらないわ。食事くらい、同じ場所で摂ってもいいでしょう?」


微かに笑うその横顔に、カイは戦場で見た鋭さとは別のものを感じた。

彼女も、普通の人間なのだと思えた。


 


「……ありがとうございます。助けてもらって」

言いながらも、粥をかきこむ手は止まらなかった。


「礼を言うなら、戦場が終わってからにして」

セリナは粥をすする合間に言った。

「君は、まだ死にそうな顔をしてる」


「……怖くて、足が動かなかった。俺、たぶん……誰かの命を奪った。たぶんそれで生き延びた……」


声が震えた。食べ物の味もわからなくなっていた。


セリナは、それを黙って聞いていた。

そして、静かに言った。


「最初の戦で震えない人間はいない。私もそうだった」

彼女は少し目を伏せた。


「でも、明日も君は剣を持つ。震えたままでいいから、剣を捨てないこと。戦場は、それだけで生き残れる」


 


その言葉に、カイの胸に小さな火が灯った気がした。


そして同時に、彼ははっきりと自覚した。

この人の言葉を、もっと聞きたいと思っている自分に。


これは戦場の錯覚か、尊敬か、恋か。

その正体は、まだわからなかった。


ただ確かに、彼女の隣にいたいと思った。

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